第2話 発端
次の日、カナエは学校に来なかった。
ぼんやりと右の方を見やると、もちろん私の隣はぽっかりと空白で、机を跨いだ奥の生徒の横顔が見えた。
(カナエ、大丈夫かな)
いまいち授業も頭に入ってこない。先生の声も何処か遠くの出来事のように聞こえる。
『もしかしたらこの国も、じきに崩壊する可能性だっていがめない』
ふと昨日ラオネが言った言葉を思い出す。
もしこの教室も、この高校校舎も、私たちの不安定な力によってあっけなく崩れてしまったら。
これまで考えたこともなかったような、日常が突如その言葉の意味を失うかのような、形のない不安がどうしようもなく私の中で渦巻く。
今日は夏休み前最後の学校だ。いつもであれば大量の宿題はさておき、これからやってくるバケーションの計画を鼻歌交じりに立てている頃だろうか。
黒板の上に張り付いている時計に視線を移すと、11時59分を指していた。長い秒針の先が時計の上をすべっていくのをただただじっと眺める。
「はいでは今日はここまでー。夏休みの間に復習とこの後のページの予習を忘れずに。皆さん充実な休みを過ごしてくださいねー。それと宿題も計画的に進めるように。では、号令ー」
ジジジジジジジジとけたたましいベルの音が昼休みの始まりを知らせる。
(お腹空いたーっ。やっとお昼だ)
さっそく母が作ってくれたサンドイッチを机の上に広げようとするや否や、誰かが私の机を人差し指で軽くとんとんと二回叩いた。
「なぁ、フラム」
ランチの袋を開ける手を止め顔を上げると、ずいぶんと神妙な面持ちをしたニーズヘッグが立っていた。
「どうしたの、もしかして昨日のこと? 」
「ん、まぁそんな感じ。少しさ、四人で話したいことがあるから、廊下来て」
「ちょ、ちょっと何、今? せっかく大好きな卵サンド食べるとこだったのにー」
「話したらすぐ戻って食べていいから。ほらほら立って」
「え〜しょうがないな」
ニーズヘッグが私の腕を軽く掴み、半ば強引に二人で廊下に出ると、既に交流スペースの一角にはホノカとラオネが待っていた。
ホノカは落ち着かなさそうに髪を指に巻き付け、ラオネはのんびりとあくびをしていた。
「それで、話したいことって?」
四人が向かい合うようにして集まる。
ニーズヘッグがこほんと一つ咳払いをして話を切り出した。
「俺、昨日帰ってから『
するとニーズヘッグは、ポケットからきっちりと折りたたまれたメモを二枚取り出した。
「今俺たちが立っているこの王国『ヴィルデーレ』が生まれたとされるのが一万年前っていうのは、さすがにお前らも知っているだろ?」
ホノカとラオネが当たり前のように頷いているのを横目で確認し、流れで私も一つ頷いておいた。
「そして約五千年前、この王国は突然の大地震とその他の災害の重なりで一度崩壊している。未だに科学者にも解明されずに、ずっと運が悪かったと思われてきた」
これはさすがの私も聞いたことがあった。たった一度の大地震が島を真っ二つに裂いたという言い伝えもある。
「でも、この約五千年前の時に書かれたとされる別の本には、『
「つまり、私たちの魔法が弱まることが、自然災害を引き起こしたり国の崩壊を招くっていうこと?」
ホノカが不安げにニーズヘッグを見ると、ニーズヘッグは「その可能性は高いと思う」と頷いた。
「元々、『
言い伝えによると、私たち四人の一族である『
しかし、この約五千年前というのはとにかく他国との戦争が激しい時代で、一時期は『
「でも、力が失われつつあるのってカナエとニーズヘッグくらいなのかな。ホノカは昨日とかどうだったの?」
私がホノカを見ると、ホノカは少しばかり言いずらそうに「実は……」と口を開いた。
「昨日、フラムちゃんとラオネくんが行ったあと、私とニーズくんで春の方へ向かったんだけど、やっぱり私も何故か前みたいに上手く植物をコントロール出来なくって。想像した植物とは別の花が咲いたりしてびっくりしたわ……。これまでこんなこと一度も無かったのに」
ホノカが悔しそうに唇を噛み締め、再び髪の毛を指に巻き付ける。
「ってことはさ、私たちの力を強めることが出来たとしたら、国の崩壊も防げるのかな」
私が目で「どう?」を見ると、他の皆も腕を組んで唸った。
「それが出来りゃあいいけど、どうするつもりだよ」
ニーズヘッグが片眉を釣り上げて私を見る。
「ちなみにフラムはどうなんだ? 何か変わったこととかは無いの?」
ラオネが私を指さす。
「そういやまだ試してないや。私の力はちょっと危ないから、家とかじゃ中々試せる場所が無くって。でもおそらく私も皆と一緒だと思うな」
すると何処からかこちらへ向かう足音が聞こえてきた。
音の方を振り返ると、担任のレーディン先生がいくつかの封筒を片手にこちらに手を振っている。
「やぁ、君たちちょうど良かった。実は四人に渡すものがあって」
レーディン先生は私たちの前でとまると、やけに高雅な黒い封筒を一人に一つずつ配っていく。
「ん? せんせー、これ何?」
ラオネが封筒を光に透かそうとぺらりと掲げた。
「実は私も詳しい内容は教えて貰えなかったんだ。一般人には極秘らしい。どうやら女王が『
「「「「女王が!?」」」」
私たち四人の声が同時に重なる。
この国の女王というのは、もちろん『神の雫』ではない魔法を持たない者だが、この国が誕生したとされる一万年もの前から絶えず受け継がれている王家が国を統一している。
つい昨年、私たちより一つだけ年上である十八歳になった王女クレルが、新たな国の女王として戴冠式や街でのパレードなどが行われていたのを覚えている。
レーディン先生が私たちの反応に戸惑い、分かりやすく目を丸くした。
「わ、私も詳しくは分からない! 今朝女王の使いの衛兵二人が校門に来て私に渡していったんだ。まぁ皆で見てみてくれ。カナエには私が今日封筒を届けるつもりだ。それじゃあ」
そういうとレーディン先生は私たちからの質問攻めを免れるためか、そそくさと階段を降りていった。
「じょ、女王からの手紙って何事よっ!」
私か半分破るかのようにして急いで封筒をバリバリと開けると、四人で覗き込むようにして折りたたまれた手紙を開く。
夏の日差しの強い季節となりました。
皆様は如何お過ごしでしょうか。
さて、この度は突然のことで、このような形で皆様を招集することとなってしまったことをお詫び申し上げます。
明日の正午、五人揃って宮殿へお越しくださいませ。お手数ですが皆様にちょっとした頼み事がございます。
門の者二人がおりますので、お声がけ下さい。
才能に溢れた皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
「これって……」
私が読み上げると、ホノカがぱぁっと顔を明るくさせた。
「私たち、あのクレル女王に宮殿に招待されたんだわ!」
驚いた。女王が手紙を出すことなどこれまでに一度として無いだろう。
一方、ニーズヘッグは小さくため息をつき、
「でも、女王が俺たちに手紙を出すなんてよっぽどのことだ。何を要求されるか分からない」
と怯えるように両腕で自分を抱きしめるようなポーズをした。
「それもそうだよね……。っていうか、せっかく明日から夏休みでパーッとカラオケでも行こうかと思ってたのに」
私が手紙を封筒にしまうと、ホノカが「もーフラムちゃんったら」と私の頬をつついた。
「んじゃ明日さ、宮殿のふもとの丘で集まってから向かおうよ。それでどう?」
「そうだな。カナエには俺が集合場所の連絡を入れておく。フラムも、それでいいよな?」
三人にじっと目線で圧をかけられ、勿論耐えられるはずもなく「はいはい分かりました〜」と私も賛成した。
皆、表情の何処かに不安が隠れているのが垣間見えたような気がした。
きっと、大丈夫だ。皆一緒なんだ。心配なんていらない。
私たちは顔を見合わせて、ただこれから先起こることを案ずることしか出来なかった。
「女王様に会いに行くんだもんな……」
そして早くもやってきた当日。私は鏡と小一時間の睨めっこをしていた。
昨日帰った後母にそのことを話すと、
「なんと光栄な! ちゃんとした服を着て行きなさいね。さすがにTシャツはありえないわ」
と言って、喜んで母が昔着ていたというレトロで可愛らしい服をいくつか持ってきてくれた。
悩んだ末に私が選んだのは、バーガンディ色の落ち着いたジャンパースカートに、首元に控えめなフリルのあしらえた半袖のブラウス。頭には赤と白のチェック柄のガーリーなカチューシャを付けた。
普段外に出る時はとりあえず体が覆えていればいいくらいな雑な感覚だが、こうして綺麗な洋服を着るとやはりテンションが上がる。
(よし。色も私の髪や目の色と合ってるし、これでいこう)
私はお馴染みのショルダーバッグに水筒とお菓子を詰め、まるでステップを踏むかのようにしてノリノリで家を出た。
ふかふかの芝生が敷き詰められた丘を登っていくと、徐々に宮殿のてっぺんの青い旗が見えてきた。
幼い頃はよくこの宮殿の城壁付近まで近ずいて、父に肩ぐるまをしてもらいながら眺めるのが大好きだった。今歩いているこの道も、休日に父と手を繋いで何度も登った思い出の道だ。
城壁が見えてくると、一つの背の高いブナの木の下に四人が集まっているのが見えた。
「おーい遅いぞー」
ニーズヘッグが腕時計を見てムッと頬を膨らませる。相変わらずの険しい表情に対して、袖元で揺れるシフォンのフリルと黒い大きなリボンの髪飾りがミスマッチだ。だがニーズヘッグの私服はいつも大抵ゴシック調なのだから、さすがの私も慣れたものだ。
「ごめんごめん! 服選ぶのに忙しかったんだから」
動いてシワになりかけたスカートの裾を整えていると、ホノカがニーズヘッグに人差し指をつきたて、
「女の子は服を決めるのだって大変なのよー? ねぇフラムちゃん」
「そ、そうだそうだ! 男子には分からないんでしょーけど」
やはりホノカはいつの時も私の天使だ。向日葵のような笑顔が木漏れ日に照らされてさらに輝いて見える。幼い頃からホノカはいつも私の傍にいてくれて助け舟を出してくれる恩人だ。
「そ、その服似合ってると思うよ! カチューシャの柄も好き」
そしてまたカナエが乙女のように目を輝かせて私の服を見た。
心優しいカナエは相変わらず私を全肯定してくれる。
「もー照れるって。カナエもフリルとかチェック柄好き? 着る?」
と冗談まじりに言うと、カナエは顔を赤くして顔の前でブンブンと激しく両手を振った。残念ながらノーらしい。
「そういえばカナエ、もう体調は大丈夫なの? 無理はしちゃだめだよ」
私がカナエのずれかけた眼鏡をくいと直すと、
「もう元通り元気だから大丈夫! 昨日も本当は学校行けるくらいに復活してたから」
と言って私から目を逸らした。
再びニーズヘッグが腕時計を見た。
「もうすぐ時間だ。そろそろ城門の方へ向かおう」
彼の言葉に頷くと、私たちは宮殿の入口の方へと回ることにした。
「いや〜いつ見てもここの外観は綺麗だね。この要塞も簡単にゃ壊れなさそう」
ラオネがびっしりと苔の生えた石造りの要塞をぺたぺたと触りながら呟いた。
この国が誕生して間もなく建てられたと言われているここ『ラ・スタジョ宮殿』では、四つの季節それぞれの地方の特徴的な家造りを取り入れた独特な造形をしている。
木組みによって造られたおとぎ話に出てくるような街並みである春の地方『プランタン』をモチーフにした居館に、モザイクなどを取り入れたカラフルな家が並ぶ夏の地方『ヴェラノ』をイメージした鮮やかな色合いの外郭塔。そして石造りとトンガリ屋根が多く見られる秋の地方『メトポーロン』らしいベルフリトに、日差しを多く取り入れるために窓の多く造られる建築が見られる冬の地方『イエンス』の窓造りを散りばめている。
「見てあそこ。衛兵が二人立っているわ。きっとあの人たちに話しかければいいのね」
ホノカが指さした先には巨大な門があり、その前には手紙に書いてあった通り二人の門番らしき兵が立っていた。
私たちが彼らの前に現れると、片方の兵の眉が少しだけピクリと動いた。
「こんにちは。女王陛下に招かれました五人です。中へ入れていただけませんか?」
代表でホノカが名乗り出ると、二人の兵が顔を見合わせて一つ頷き、規則的な動きで門の錠を解くと、城壁塔の人と無線で連絡をとった。
「入ってよし。よくぞいらっしゃった」
ギィィ……と軋んだ音を立てて重々しく門が開かれる。
「どうもありがとうございます」
私たちはお礼を言って頭を下げると、兵二人の間を抜け、門の中へと入っていった。
門からは宮殿へと続く一本道になっていて、左右は一面の真っ赤な薔薇が美しく咲き誇っている。
「すごい数の薔薇……」
カナエがきょろきょろと落ち着かなさそうに辺りを見渡す。
「これだけの薔薇、私でも咲かせるのが大変な数だわ」
ホノカも目を見開いてその花園を眺めた。
扉の前の段差の低い数段ほどの階段を登ると、三メートルはあるであろう厳格な扉が自動的にこちらへ開いた。
そして私たちは思わずその内装に息を飲んだ。
「あ、え、これ」
声にならず、まるで言語を話さない別の惑星からやってきたかのようだった。
何処までも広がるかのような床は、黄金の雨が降り注いだ後のように私たちを反射していて、大理石で出来た立派な柱が何本も上に伸びている。
コンサートホールのように高い天井には、四季の神『ホーラ』をかたどって描かれた天井画で彩られ、奥には美しい花の装飾が施された螺旋階段が付いていた。
「こ、これはすごいや……」
ニーズヘッグも感嘆の吐息を漏らした。
「こんなに綺麗は場所今までに一度も来たことないよ」
周りの目も忘れてたあんぐりと口を開けていると、この宮殿のメイドらしい女の人が一人階段から降りてきた。
「お待たせ致しました。私がクレル様のお部屋までご案内致しますので、こちらへどうぞ」
メイドさんについていき、階段の方へと歩く。静かなホールに私たちの足音がこつんこつんと響き渡った。
螺旋階段には真紅の柔らかな絨毯が敷かれており、私たちの足の音を吸収していった。
「うわぁ、この階段チョーふっかふか!」
クリスタルを惜しみなく埋め込んである階段の手すりを撫で、ラオネが登りながら無邪気にぴょんぴょんと跳ねている。
ホノカが嬉しそうにラオネに頷くと、
「この宮殿、本当に何処までも作り込まれているわ! ほら、壁にも私たち四季を表す四色が沢山使われているじゃない?」
と壁画を指さした。
すると前を歩いていたメイドさんがニコニコと笑顔でこちらを振り返った。
「よく気が付きましたね。この宮殿は一万年近く前から今まで、何度も補修を繰り返すことで当時の生きた状態を美しく保ち続けているんです。この壁画に描かれているように、いつまでも、四季が互いに支え合う王国であることを願って」
そして私たち五人はたまたま同時に顔を見合わせた。
今思えば、私たち『
それでいて、いつも一緒に遊んだり帰ったりしている仲だ。これらは本当に、ただの《偶然》という言葉で済ませることが出来るだろうか、と心の片隅で考えた。
長い階段を登りきり、廊下を少し歩いた先の突き当たりでメイドさんはようやく足を止めた。
「こちらの奥がクレル様のお部屋となります 」
私はゴクリと固唾を飲んだ。
この先に、女王様が待っている。それも私たち五人を呼び出した張本人だ。
隣のカナエをちらと見ると、やはりカナエも軽く緊張しているのか、いつもの彼の緊張している時の癖である両手の指を顔の前で小さく組んでいる。
メイドさんはポケットから数十個ほどの鍵が連なったキーリングを取り出し、迷わずその一つである金色の鍵を取り出すと、ガチャりとそれを差し込んだ。
ついに女王が、と思って構えたものの、ドアの先はまたさらにドアの一本道となっていて、私たちはさらに奥へと進む。
メイドさんは白く、美しい天使が彫られたドアを三回ノックすると、「メイドのノアです。五人をお連れ致しました」と落ち着いた声を張り上げた。どうやらこれが女王に続く部屋の本当のドアらしい。
年季の入ったドアノブを回すと、キィと小さく音をあげてドアが開いた。
突如溢れるようにして流れてきた美しいチェロの音色。
部屋は外の光をステンドガラスに取り入れて明るく、半径四メートルはある大きな丸い絨毯が敷かれていた。
そしてその真ん中には、木製の大きな椅子に座って悠々とチェロを奏でる一人の小さな姿。表情は逆光のせいかあまりよく見えない。
深みのある重低音は、心地よく私たちの耳をかすめ、厚い壁へと吸い込まれてゆく。
「クレル様。お客様です」
メイドさんがさっきよりも少し大きめに再び呼びかけると、ようやく気がついたのかチェロを弾く手を止めた。
「あら、これは気がつくのが遅れてしまったわ。申し訳ない」
彼女はチェロをケースに丁寧に仕舞うと、コツコツとヒールを鳴らしながらこちらへゆっくりと歩み寄ってきた。
そしてようやく、その姿が露となった。
シルクのように艶やかな瑠璃色の髪は腰まで伸びていて、柔らかなシフォン生地のリボンがハーフツインを飾っている。
フリルを分断に使った膝丈のドレスは、まるで海のクラゲのように柔らかなシルエットを描いていて、そこから華奢な足が覗いた。
そしてなんと言っても、一番は美しいアイスブルーの瞳が印象的だった。良い意味で、浮世離れしたような不思議な輝きがあり、光の反射によってはスミレ色にも見えた。
そんな瞳を縁取る猫目には大人びた色気があり、瞬きをする度に長い睫毛からパシパシと音がするようだった。
それでもやはり私たちとあまり歳が違わないせいか、その顔にはまだ幼さが残っている。
「きれい……」
無意識のうちに声がこぼれていて、慌てて両手で口を塞ぐ。
女王は私を見てクスクスと照れくさそうに笑った。
「どうもありがとう。あなた達も皆とっても素敵な人達らしいわね。街の方々からもよく噂は聞いているわ」
驚いた。まさか女王が私たちの放課後のことまで耳にしていたとは。
アイドルに認知されたような感覚がして思わず心の中でにやけていると、
「さぁ、遠慮なくこちらへ。良かったらそこのソファに腰掛けるといいわ」
私たちは手招きされると、いかにも高そうな巨大な深紅のソファへと促された。
ソファの相対には、おそらく女王専用であろう背元がかなり高い金縁の一人椅子が置かれている。
恐る恐る私たちが椅子へと腰かけようとした時だった。
わずかに足場がおぼつかない感覚がした。
「ん? なんか揺れてない?」
「地震?」
すると突然カタカタと地面が揺れだし、それは次第に大きくなっていく。
近くにあった大きな木製のクローゼットや引き出しがミシミシと激しく軋み、少し遠くではガシャンと何かが割れるような音がした。
「皆さん急いで何かに掴まって! 部屋のものは倒れても構いません!」
女王が私たちを庇うようにして皆でしゃがみこみ、私たちは揺れが収まるのを待った。
「こ、怖いよ……」
カナエが涙目で私の腕を抱きしめてくる。
地震が起こるなんてこの国では珍しい。過去には数回だけ大地震が怒ったこともあったというが、ここ数百年では滅多に起こらないことだったためにすっかり地震というものの存在を忘れていた。
しばらく集まって固まっていると、徐々に揺れは収まっていった。
「な、なんだったのかしら」
ホノカが冷や汗をかいて散らかった部屋を見渡した。
女王も皆の安全を確かめると、落ち着いた様子で立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「皆様大丈夫でしたか。まさかこんな突然地震が起こるなんて……」
私は恐れ多くも、差し出された女王の手を取り立ち上がった。まるで絹のようにすべすべとした触り心地がした。
そしてようやく私達はソファに腰掛けた。革張りのソファはとても座り心地が良い。女王も目の前の椅子に座ると、ついに本題へと入ることとなった。
「先程の地震も、おそらく今から話すことと大きく関わりがあると考えられる」
女王は長い睫毛を伏せ、険しげな表情を作った。
後ろの方で先程のメイドさんが「今からお茶をお持ちしますね」と言って出ていった。
「皆様も既に気がついているかもしれませんが、今、王国は約五千年ぶりに崩壊の道を辿ろうとしています」
ゴクリと唾液を飲み込んだ。やはり昨日ニーズヘッグが言っていたことは本当のことらしい。
「約五千年前に王国が崩壊した時、災害に巻き込まれ、私の祖先であり、かつての国王ギルバートは命を落としました」
そう言って左側の壁にかけられている一人の肖像画を指さした。立派な髭をたくわえていてる、女王と同じアイスブルーの瞳をした男性だった。おそらくこの人がギルバートらしい。
「他にも何万人もの国内での死傷者が出たという、史上最悪の事故となりました」
私たちは俯き、亡くなった人々に祈りを捧げた。
「そしてあれからまた、その悲劇が繰り返されようとしています」
女王の目線は真面目なものだった。この国が本当に危機にあることが言わずもがな伝わってくる。
するとニーズヘッグが「あの」と小さく口を挟んだ。
「この国の崩壊って、何か科学的な理由とかはまだ示されていないんでしょうか。それとも、五千年という周期的に起こりうるメカニズムなのでしょうか」
「今現在早急に科学者達への原因追求を調査してもらっているが、未だその答えは明確には分かっていないの。でも、周期的なものの可能性は昔から考えられてきたわ」
女王は椅子の隣の小さな机の引き出しから、一つの古びた巻物を取り出した。
「歴史書にも書いてある通り、この島国が誕生したとされるのが約一万年前。そして一度国が崩壊したのが約五千年前。やはり、なにかのメカニズムが関係しているとは言われている」
私たちは頭を抱えた。これは私たちがどうこうしたところで動かせるような安易なものでは無さそうだ。
「過去の王国崩壊が起こった時の書物を調べたところ、度重なる地震、異常気象、そして『
今度はホノカが右手を上げた。
「なんとかして少しでも食い止めることは出来るのですか?」
すると女王は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに嬉しそうに頷いた。
「実は一つだけ、私たちに残された『この国を持続させる』方法が見つかったの」
「「「「本当に!?」」」」
私たちは声を合わせて驚いた。まだ、この国を救い、私たちが力を取り戻す方法が残っているだなんて。
女王は自信ありげに口角を上げた。
「そう。この国を未来へと導くにはやはり『神の雫』の能力が大きく関わってるわ。例え消えかかっていたとしても、その力を強化することが出来れば、崩壊を防ぐことが可能よ」
私たちが頷くのを確認して、女王は続けた。
「そして『
石? そんな、石なんかが私たちの力を強化出来るというのだろうか。
少々信じ難い話ではあるが、とりあえず話の続きを待つことにした。
「そんな訳ないって思っているでしょう? これを見て欲しいの」
女王は引き出しから新たに別の巻物を取り出すと、広げて私たちへ見せた。
その巻物には全面に絵が描かれていて、四人の神の使い手らしき人と、巻物の中心には七色に輝くひし形の石があった。
「これは先程と同じ、約五千年前に描かれたものなの。そしてこの石──通称『神の石』があったおかげで、この王国はなんとか沈没の危機を逃れたという」
なるほど──確かに約五千年前、あれだけの大規模な数多くの災害が重なったのだから、本来であればこんな小さな島国は簡単に沈んでしまってもおかしくないだろう。だとしたらこの『神の石』と呼ばれているものは相当な力を持っていると考えられる。
私たちは五人でお互い顔を見合わせると、今出来ることをやろう、と頷き合った。
しかし、ラオネだけが「えー、そんな石、探す意味無いよ」と言い、随分嫌そうな顔をした。
普段大抵の事はなんでも「はいはーい」とやってのけるラオネがこんなことを言うのは珍しかった。
まぁしかしラオネは名前の意味にもある通り『気まぐれ』な性格のため、おそらくただ面倒くさいことに巻き込まれるのが嫌なだけだろう。
「やろうよ。それに怪我した時はラオネが居ないと困るじゃない」
「あぁその通りだ。ラオネ、お前は確かに俺たち四人のような能力者ではない。だが、それ以前に俺たちはこれまでもお互い助け合ってきた。お前の力がないと」
ニーズヘッグが「な?」と呼びかけると、ラオネは口を尖らせてそっぽを向いた。だが嫌な気はしないのか、どうやら少し照れているらしい。
「〜〜っ、仕方ないなぁ。そんなに言うならおいらも手伝うよ。国を救ったらジュースとか何か奢ってよね」
ジュース一杯とかそんな程度でいいのかとも思ったが、一応協力してくれるということで落ち着いた。
女王は満足気に「よし」と言うと、
「ではこれからそれぞれ四地方の詳しい石の在り処を紹介する」
そう言って本棚から新たに一冊の大きな歴史書のような本を取り出そうとすると、ホノカが「ちょっと待って」と急いで呼び止めた。
「あの、その石を見つけ出すのって、いつまでにとかの期限ってあるんですか?四つも地方を皆で回るんですから、1ヶ月ほどとか」
大事なことを忘れていた。いくら私たちが五人で探すにしても、『神の石』というくらいなのだからおそらく大仕事となるだろう。
一ヶ月ということは今年の夏休みほとんど潰れるな、などと考えた。
だが私たちはそこで、恐ろしい事実を知ることとなったのだった。
女王は「そうでしたわ」と、至って冷静に答えた。
「この国の崩壊まで時間がありません。専門学校の予測では、一週間持つか持たないか──つまり、貴方たちは一週間以内『神の石』四つを探し出さなければなりません」
しばしの沈黙。背中をつうと冷や汗がつたうのを感じた。
そしてその沈黙を破るように私たちの声が宮殿中に響き渡った。
「いっしゅうかぁん──────!?」
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