ネクロマンサーはミステリーがお好き

ちろり

ネクロマンサーの華麗なる事件解決

「うーむ………分からん、ちっとも分からん!! 一部始終森羅万象一切合切なんもかんもが分からん!!!」


 天に恥じる所なしといわんばかりの堂々たる口調で、警部は断言する。


「はぁ。何時もはどんな難事件でもズバリ解決する警部の冴え渡る頭脳をもってしても──この事件は解けませんか」

「うむ。この事件は難し過ぎる。私の灰色の脳細胞も悲鳴を上げておるわ。お手上げお手上げとな」

「そいつは困りましたね。警部程の方がそうおっしゃってしまったら、我々にはもうどうすることも出来ません。事件は迷宮入り、警察の威信はボロボロですね」


 この事件が発覚したのは、つい数時間前のこと。このマンションの一室で、青年男性が銃殺されていたのだ。

 第一発見者は、発砲音を聞いて駆け付けたマンションの管理人と、通報を受けて駆け付けた交番巡査である僕だ。


 たった数時間でお手上げとは少々結論が早すぎる気もするが、それもこれも警部が優秀過ぎるが故のこと。

 優秀であるということは、諦めの判断も人一倍早いってことなのさ。その点は流石は警視庁の有名警部、素晴らしい撤退速度といえる。


「警察の威信なんて、いつだってボロボロだ。そんなものどうだってよい!! だが、何もかも分からずに迷宮入りなど、奴さんが浮かばれなさ過ぎるだろう? ううう……どんな人間だろうと、死んでしまってはおしまいだというのに。私には死者へのはなむけすら送れぬとは……!」

「け、警部……」

「この事件は、私の人生最大の難問! 我が刑事生命最大の苦境。この事件を解決するためなら、私はなんだってするのだがな」


 あの警視庁が誇る経験の塊、歩くメタルスライムとまで呼ばれている警部が、まさかここまでの弱音を吐くとは。

 現場が静寂に包まれて、緊張の汗が枯れる。僕だけじゃない、現場に駆け付けた警察関係者全員が、神妙な面持ちを見せる。それに釣られてか、事情聴取中の管理人のおばちゃんまでも、警察関係者の一人みたいな顔でこの場に混ざっている。


「くっくっくっ。嘆きの声が聞こえます。解決されない難事件の、解いて解いてと嘆く声が」

「き、貴様、一体何者だ! ここは関係者以外──」

「まあまあ、そう邪険にしないでください。私はここで起きた事件の呼び声に誘われ、やって来ただけなのですから。そう。邪険だけに、ね」


 銃声を聞いてやって来た野次馬だろうか? それにしては、堂々とし過ぎてる気もするが。


 やたら整った顔のうら若き女性。だが、そんな容姿のプラスイメージよりも、口調と服装のマイナスイメージの方が圧倒的に強い。

 その女性は何故か、黒ずくめの喪服を来ていた。


「君……一体なんで、喪服なんか着ているんだい? 葬式帰りか何かかな」

「なんでって──折角正装をしてやって来たのに疑問符を投げられるなんて、こちらこそ意外ですね。死者への挨拶には喪服を着なさいなんて、親が子に教えるこの国の当たり前の常識かと」


 目から鱗を落としたって感じに、女は驚きの顔を作る。

 警部に負けず劣らず、エキセントリックな雰囲気に包まれた女性だ。破天荒というか、常識外れと呼ぶべきか。枯れた汗が、また吹き出てくる。


「物見遊山に来ただけならば、帰りたまえ。我々は忙しいのだ。それとも、貴様は何か、事件について知ってることでもあるのか?」

「知ってるどころか、です! 私にならこの事件、一部始終森羅万象一切合切まるっと解決できますよ。なんたって私は、只者ではない名探偵ですから!!」


 女は喪服の上から自信満々に胸を叩く。


「な、なんだと!? 何ゆえ名探偵がこんなところにいるのだ?」

「それは愚問ってやつですね。名探偵が事件現場に現れる。それは自然の摂理、世の仕組みですので。私ほどの名探偵なら、なおのこと当然。事件が私を呼んだのです。そこに不思議は一切ない。でしょう? 警部さん」


 喪服を来た自称名探偵の周囲には、心なしか自信の煌めきに満ちている。なんというか、あらゆる意味でヤバそうな女だ。


 その強烈な自信に気圧されつつも、警部は疑い眼を崩さず喪服の女に対峙する。


「ふん! 貴様が名探偵を自称してることは分かった。もし解決してくれるというのなら、恥を忍んで頭も下げよう。だが、何を持って解決出来ると断言するのだ? 貴様は何を知っている?」

「何を、とは?」

「例えば、貴様にはこの部屋の密室の謎が解けるのか。部屋の鍵は閉まってたのに、鍵は部屋の中にあった。管理人が厳重に保管してるマスターキー以外では絶対開かない。だが管理人には死亡推定時刻にアリバイがある。この謎をどう説明する?」


 喪服の自称名探偵は首を傾げる。


「では、動機が分かるのか? 被害者の男は方々に恨みを買う札付きのワルだ。それこそ、我々警察にもマークされていたほどのな。殺したいほど憎んでる奴は星の数ほどいるだろう。貴様には、動機から犯人の目星が付くというのか?」


 喪服の自称名探偵は、自信たっぷりに首を横に振る。


「貴様っ! 大言壮語に振る舞うだけで、何も分かってないではないか!! 公務執行妨害で逮捕するぞっ」

「ええ、確かに私は何にも分かっていない。誰が殺されたのか、何故死んだのか、さっぱり分かりませんとも。ですが解決することだけなら、いとも簡単に出来るのです。名探偵ですので」


 自称名探偵はズカズカと部屋の中を進み、死体の前に立つ。

 頭に風穴の空いた、若い男の死体。女は死体の前に立ち、愉快そうに口端を上げる。


「言ったでしょう? 私は只者ではないと。私は名探偵ですが、只の名探偵でもありません。探偵でもあり、死霊術師ネクロマンサーでもあるのです」


 ……は?


「かの敬愛する先達たるホームズ殿が多芸に通ずるように、名探偵は探偵以外の能力にも長けるものです。いや、そもそも探偵だけにかまけてるようじゃ名探偵にはなれないと言ってもよいでしょう」


 自称名探偵兼自称死霊術師の女は、喪服の袖から大きな数珠を取り出して、死体の前に向ける。


「他の道に通じ、それを活かしてこその名探偵。私は名探偵になりたくて、死霊術師ネクロマンサーを極めたのです! 死者から話を聞けば、どんな事件も一発解決ですからね。はあぁぁぁ……!!」

「いや、それって本末転倒もいいとこじゃ──」

「ぁぁぁぁ!! おらぁ!! 起きろ、起きろ起きろぉぉ!!! 呑気に死んでんじゃねぇよおらぁぁぁ!!! バカ面提げて死にやがって。全部私に教えてからじゃなきゃ、三途の川なんか渡らせねぇよ、ボケッ。起きやがれぇぇぇ!!!」


 黒装束をたなびかせ、豹変した女は大きな数珠で何度も何度も死体をしばきあげる。その姿はまさに、狂気の沙汰を思わせる。

 これが……死霊術、なのだろうか? はっきり言ってヤンキーの暴力沙汰にしか見えないけれど。


「ふんっ! 何をするかと思いきや、こんなふざけたお遊びで死者が甦ったりするはずがないだろう。やっぱりこんな狂人、さっさとつまみ──」

「うわぁぁぁっ!! すみませんすみませんっ!! 起きます、起きますから殴らないでぇ!」


 さっきまでぐったりと床に伏して死んでいた銃殺死体が、追い立てられる様にして大慌てで甦ってしまった。

 死体もビビるほどの剣幕だったのは確かだけど、まさかホントに目覚めるとは。あの暴力こそが死霊術の儀式だった訳か。死霊術師ネクロマンサーなんて初めてみたから、知らなかったな。


「──おらぁっ!! ……あっ、起きましたか。ふふんっ! ほら、甦りましたよ。見ましたか、私の凄まじい名探偵っぷりを」

「………うむ、凄まじい迫力だった。死体なのに、殺すんじゃないかと錯覚してしまうほどのな」

「うんうん。分かってもらえれば良いのです。名探偵と刑事ってのは、最初は反目するものですから。それが名探偵の辛さであり、それを覆すことが名探偵の楽しみなのですよ」


 死霊術師ネクロマンサーの女は、死体だった被害者の首根っこを引っ付かんだまま嬉しそうに頷く。

 最早女を自称名探偵と侮る者は誰一人としていない。女は、間違いなく本物の死霊術師ネクロマンサーだった。


「さて、じゃあ本題と参りましょう。死体さん死体さん、貴方はどうしてお亡くなりに?」

「へ…あ、あの……」

「ど、う、し、て?」

「す、すみませんっ! えっと、あの……あっ! アイツです! アイツに撃たれたんです!! 多分、それで死んだんだと思います。はいっ」


 死体だった男は犯人である男を見付けると、ソイツに向けて指を差す。それはさながら、探偵が犯人を告発するありがちな光景のよう。

 男が指差した相手は、勿論僕だ。殺された相手が、殺した奴を見間違えるはずもない。このクズも、そこまで愚かではない。


「な、ほ、ホントなのか。誇り高き警察官の一人である貴様が、何故殺しなんか……」


 やっぱり警部は凄い。こんな荒唐無稽な形で暴かれた真相なのに、この不審者の話をしっかり鵜呑みにしている。流石は警視庁のキングスライムと呼ばれてるだけのことはある。

 どちらにせよ、こうなったら言い逃れなどしようがない。なんせ僕の懐には、腰に提げてるモノとは別の隠し持った銃があるのだから。


「そ、そうだそうだ。なんでオレを殺したりしたんだよぉ」

「そんなの、お前自身に思い当たる節がいくらでもあるだろう?」


 元死体の男は、その一言で黙ってしまった。事実、いくらでもあるだろうからな。

 動機は単純。この男が救いようのないほどの悪人だから。


 犯行の手筈も単純。巡査として男の部屋に訪ねる振りをして扉を開けさせ、消音装置サイレンサー付きの銃で素早く撃ち殺す。そして部屋から鍵を見付けだし、今度は消音装置サイレンサーを外した状態で空砲を放つ。

 その後は素早く外に出て、鍵を締め、その場から逃げ出し、通報を受けてやって来たお巡りさんとして現場に戻り、マスターキーで開けた部屋の中にコッソリと鍵を戻す。


 明瞭かつ簡単な密室トリックだ。


「くっくっくっ。これにて一件落着ですねっ! 流石は名探偵のこの私。事件解決まで……5分弱ってところかな。ここまでのスピード解決は、かのホームズ氏にも不可能でしょう」


 参った。全くもって完敗だ。ベホイミスライムの如き賢さを誇る警部になら兎も角、こんなよく分からない死霊術師ネクロマンサー女に犯行が暴かれてしまうとは。予想もしてなかった事態だ。


「よしっ! 事件も解決したし、もう死んでいいですよ」

「えっ?」


 死霊術師ネクロマンサー女はまたしても、大きな数珠を耳を疑い目を丸くした死体に叩き付ける。


「おらっ! さっさと三途の川を渡れカス。成仏っ、成仏っ、さっさと成仏しろぉ!! オラ、オラ、オラァ!!!」

「いや、ちょ、ま、そんな殺生な…うわぁぁぁ!!」


 ペラペラ語ってた死体は30回ほど数珠でぶん殴られたところで、ただの物言わぬ死体に戻ってしまった。

 いやぁー初めて知ったけど、死霊術の儀式って荒っぽいんだなぁ。


「ふぅ。これでおしまい。ご協力ありがとうございました。いやぁ、今日も名推理だったなぁー私。いやぁ楽しかった」


 晴れやかな顔で自賛する死霊術師ネクロマンサーはスッキリとした足取りで去っていこうとする。

 だが、まだ去り行かれる訳にはいかない。一つ、どうしても聞きたいことがあるから。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!!」

「はい?」

「ねぇ。なんで君は、探偵になったんだ?」


 僕の問いに対し、女は胸を張って答える。


「それは勿論、ミステリーが好きだから──ですよ。謎を解くのが、動機に思いを馳せるのが、それらを頭を捻って考えるのが、とっても楽しいからですっ」


 そう言い放ち、颯爽と背を向け去って行った。警部や警察関係者達は、去って行く女に敬礼している。事件解決の功労者を見送るその瞳は、さっきまでとは違って敬意に満ちていた。

 しかし僕の喉には、言えずにつっかえた言葉が小骨の如く残ってしまってる。

 捕まってしまう前に、遅ればせながら言うべきだろうな。でなけりゃ、あまりにスッキリしない。


「──お前の……お前のどこが名探偵だぁ!!!」

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