第117話 わたしに任せて

 俺は間違いなくモウツαの部屋を訪ねようと部屋を出た……それは絶対だ。だけど五十嵐さんの話では玄関前のドアを背に眠っていたという……。


 でも、それって不自然だよな……玄関を後にして直ぐ眠ってしまったとでもいうのか?


「そんな馬鹿な……」


「ああーん? 誰が馬鹿だって? 喧嘩売ってんのかこのヤロー!」


 それにしても、この文鳥は騒がしいなぁ……パタパタと羽を目の前で羽ばたかせて鬱陶しい……俺は今、真剣に考え事をしているのだから邪魔はしないで欲しいぜ。


「……」


「無視か! この! おいっ! 集塵!」


「……悪いが少しだまっててくれないか?」


「あーん? いい度胸じゃねーか! 表でろコラっ!」


「コラッ! 珍しく集塵くんが真剣な顔して考えごとをしてるのに邪魔しちゃだめでしょ! めっ!」


 ナイス……五十嵐さん。


「わりいな」


「ううん……それより本当どうしたの?」


「いや、ちょっと気になることがあるような……なんというか……何かを忘れているような気がするんだ……」


「集塵……」


「ん? 銀髪」


 そういや銀髪は起きていたんだった……そうだ……俺は確か部屋を出たあと五階に向かったんだ……エレベーターのボタンを押したことは覚えているぞ……それは間違いない。


 だが、その後だ……その後のことだけが穴が空いたように抜けて……。


「集塵……ちょっといい?」


「いいけど、何だよ?」


 銀髪は俺の前まで来ると、俺の顔をじっと見つめだした……。


「集塵……耳をかせ」


「耳元で、わっ! とかするなよ? 今の俺はそんな冗談に付き合える心の余裕はないからな?」


「そんなことはしない。いいから早くして!」


「仕方ねーなぁ……」


 銀髪は俺の耳元に顔を近づけ今にも小声で話し始めるであろう息遣いをし始めた。何だか久しぶりに銀髪の肌を間近で感じたような気がする。


「集塵は記憶の欠如を気にしているの。わたしなら、その穴を埋められるかもしれない」


 そうか……なるほど……人の心を読める銀髪なら……いや、そのタイツなら、それも出来るのかもしれない……が……記憶が欠如しているとして、それを知ることなんて可能なのか?


「だけど、消えてしまっているんだよな……」


 俺が口を出すと銀髪はそれを遮るように小声でささやき続けた。


「黙って聞いて。集塵は頭の中で考えてくれたらいいから……」


 お、おう……。


「人の記憶は短期記憶と長期記憶の二つに分類されているの……短期記憶から必要とされる情報が長期記憶に送られるイメージね。もし集塵の記憶が長期記憶の方にうまく送られている。もしくは短期の方に記憶の欠片として残っていたとしたら、奥に眠ったそれを読み取ることが出来るかもしれない」


 そんなことが出来るのか……なるほど……。


「多分、今はその記憶が何らかの作用で見え難い状態、定着しにくくなっているせいなのかも……」


 うーん。難しい話は良く分からないが、とりあえず今は銀髪の話にのってみるしかないよな……お前に任せるぜ! 銀髪!


「オッケー! ぐーぐぐ!」


 ――銀髪はクスっと微笑みながら懐かしい言葉を再び俺の耳元で囁いた……それにしても銀髪にしては難しい話だったな……こんな銀髪は初めてだ。




 








 


 








 

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