第118話 考えろ!

「今から思い出せるところまででいいから、集塵が気になっている記憶のことだけを考え続けて……」


 銀髪は耳元でささやくと俺から少し離れた位置に立ち、目を閉じた。


「ねぇ……さっきから二人で何を話しているの?」


「ごめん、五十嵐さん。ちょっとの間でいいから黙って見ていてくれないか……」


「う、うん。いいけど……」


「ケッ! 仕方ねーから俺も大人しくしてやるぜ!」


 ヨドラ文鳥はどうでもいいとして、五十嵐さんは何をしているか気になってるだろうな……いずれ、きちんと話しておかないと駄目かもしれない。


 まぁ、いい……今は記憶のことだけを考えよう。


 銀髪、聞こえているか? 今、お前は俺の考えを読んでいるんだろ? 準備はいいぜ……。


「いくよ!」


 銀髪の合図が俺の耳に届く。


 よし……俺が思い出せるかぎりのことを……。


 たしか俺は、銀髪の倒れた理由が気になってモウツαに会いに行こうとしていた……そしてヨドラ文鳥と話して……五階に向かう為に玄関ドアを開け……エレベーターのボタンを押す……それから……ボタンが……マンションの階数分のボタンが並んでいて……。


 ボタンを押した……確かに俺はボタンを押した……駄目だ、何度もそも辺りの記憶を往復してしまう。わけが分からなくなってきた……。


「集塵! 同じことの繰り返しでいいから、ずっと考えて!」


「わ、わかった……」


 そうだった……とにかく思い出せるところまでで、いいんだ……エレベーターのボタンを押した。五階に行く為のボタンだ……押した……間違いなく俺は押した!


「いいぞ、集塵! その調子だ!」


 何がその調子か知らんが、やはり俺はボタンを押している……その後だ……その後……ボタンを押した。数字の五……五十嵐さんの五だ……そうか……だから五十嵐さんは五階に住んで……五階に住む五十嵐さん……。


 何だろう……何か思い出せそうだ……五階の景色……俺は五階からの景色を覚えている……それは遠い過去のことじゃない……まだ記憶に新しい景色の記憶だ……。


「集塵……うさぎが見えてきたよ……」


 うさぎ? うさぎなんて……うさぎといえば俺の知るかぎり、うららぎしか……うららぎ!? そうだ! うららぎ!! あいつ女だったんだっ! あっ!!


 ――ピンポーン


 ん? こんなときに誰だよ……今は無視だ……考えろ! 考えろ集塵!


 ――ピンポーン


 ――ピンポーン


 ――ピンポーン


 だーっ! うるせー!


 「集塵! 心が乱れている! 一旦やめよう」


 くっそー! 誰だよ!


 ――ピンポーン


「しつけーな! ちょっと見てくる」


 俺は、しつこく鳴り続ける呼び出し音の中、玄関へ向かう。


 ――ピンポーン


 本当にしつけーな! 何だよ!


 いったい何の用だというんだ……この忙しい時に……とにかくドアを開けよう。ただの勧誘だったら許さねーぞ!


「今、開けますから!」


 俺はドアノブに手をかけると、勢いよくドアを開けた……。


「お客様ーー! お迎えに上がりましたーー!」


「う、うららぎ!?」


 ――そこにはピンクの着ぐるみが立っている……どうして、うららぎが……。

 






 








 


 








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る