第46話 ヘイっ……!

「みんな何をやってるにゃ?」


 朝からずっと外出をしていた黒色の二足歩行をする猫ではない奴が戻ってきた。一体、何をしに出ていたのだろう……


「お前、朝から何処いってたんだよ?」


「今、すっごい機械を動かすところなのよ。ねこちゃんも一緒に見ようよ」


「残念にゃけど、わたっちはこれから野営の準備をしないといけないにゃ」


「一人キャンプでもするの? 流行ってるもんね」


「キャンプなんていう楽しいものじゃないにゃ! わたっちは変身時間を伸ばす為の修行中にゃ!」


 変身? ヤクモの時に見せた化け猫の技か……


「それなんか役立つのか?」


「ずっとその姿でいられれば、これから先、黒猫好きから逃れられるにゃ!」


 なるほどな……正直、今の姿でいてくれる方が場所を取らなくて助かるんだけどな……おっと、そんなことよりウラライヤの起動準備をしなくては……


「まぁ、頑張れよ……」


「それで相談があるにゃ……」


「何だよ? 俺は今、忙しいんだよ」


「キャンプをするのにテントとか色々道具が必要にゃ! それを用意して欲しいにゃ!」


 何もなしに始めようとしていたのかコイツ……流石に付き合いきれないな。


「五十嵐さん。今ウラライヤ起動するからな」


「やったー! 凄く楽しみー!」


「……聞いてるかにゃ?」


「えーと、マニュアルは……と」


「これじゃない? 段ボールの底に入ってたわよ?」


「……キャンプの道具のことにゃんだけど……」


「この紙一枚だけしか入ってないのか……」


「見てみて、真ん中の丸いボタンを押して下さいだって」


「説明それだけかよ……」


「いってくるにゃ……」


 俺たちがウラライヤの準備で盛り上がっていると、ねこは寂しそうな後ろ姿で玄関の方へ去ってしまった。


「集塵くん。今のは、ちょっと可哀想だったんじゃない?」


 いや、あなたも一緒に盛り上がってましたし……


「たくっ……仕方ねーなー」


 俺は顔を上げると、奥で緩衝材かんしょうざいのプチプチを一個ずつ潰して遊ぶ銀髪が目に入った。こいつにお使いを頼むか……たしか机の引き出しの中に……


「この辺にあったはず……あった! 銀髪ちょっと来てくれ!」


 使わなくなった電子マネーのカードを見つけた俺は早速銀髪に声をかけた。銀髪は緩衝材を弄る手を止めると、こちらに駆け寄ってくる。


「なんだ集塵。食い物くれるのか?」


「まぁ、そうだな。さっきねこの奴が外に出ていったんだが急いでコレを届けてやってくれないか?」


「なんだこれは?」


「これは、うさぎのらびっとで弁当を買える魔法のカードだ」


「おおおおおおおおおお! すっごいな! くれっ!」


「お前には、あげられないけどな。このカードをねこの元に届けてくれたら、ねこと一緒に弁当買っていいぞ。残高はあるはずだ」


「本当か!! 今すぐいくぞ!」


「頼んだぜ! ねこには好きに使えと言っておいてくれ! お前は弁当一個だからな」


「オッケーグーググだ! 任せろ!」


 銀髪は流行りの掛け声を叫ぶと駆け足で部屋を出ていった。恐らく、そう遠くには行ってないはずだから直ぐに見つかるだろう……正直玄関前にいる気がする。


「優しいねー」


 五十嵐さんはニコニコしながら俺を見つめている……こういう時はどう返したらいいか悩むよな。俺はテーブルの前に戻る。


 ……ウラライヤの表面に映る自分の表情が何処となく照れているように感じた。


「そういうのじゃねーよ……それより説明に書いてあったボタン押してみようぜ」


「あっ! そうだー! ねね。それ、あたしに押させて」


「ん? ああ、いいぜ」


 俺は五十嵐さんがボタンを押しやすいように横に少しずれる。


「えーと、この真ん中にある丸いボタンね。えいっ!」


 五十嵐さんの人差し指がウラライヤのボタンを押し込むとカチッという心地よい音がした。電源ボタンだと思うが何が起こるのかドキドキするな。


「「……」」


「なにも起きないわね?」


「うーん。壊れてんのかな?」


 ウイーーーーン……ガチャンッ!! ガチャンッ!!


「うぉっ! 動いたっ!」


「やだっ! 止めてよ集塵くん!」


「いや、動かす為に押したんだから止めてどうするんだよ……止め方もわからねーし」


 ウラライヤは、ガチャンガチャンと激しい音を出しながら表面のボタンを中心に左右へ分裂し、なぜかスモークまで出てくるという演出つきだ……これは、まぁまぁやばい。


 俺たちは、どうすることも出来ず、その変形を見守り続ける。次第にスモークは薄まっていき、気がつくと目の前には小さな立方体が姿を表していた。表面を覆っていた大きな立方体をそのまま小さくしただけの作りだ。


「……もしかしてこれ……周りの大きな立方体いらないんじゃないか?」


「そ……そうね……」


「ヘイ! オイラノナマエワ、ウラライヤ!」


「おおっ! しゃべったぞっ!」


「ヘイ! ウラライヤ! ト、コエヲカケテクダサイ」


「音声入力なんだな……試してみるか。ヘイっ! ウラライヤ!」


「……」


 ん? 反応しねーなぁ……声が小さかったかな?


「ヘイっ! ウラライヤっ!」


「……」


「ヘイっ! ヘイっ!」


「……キコエテマスヨ。ウルサイデス」


「だったら反応しろよ……」


「……」


「何、機械に向かってムキになってるのよ」


「ソノトオリデスヨ、アーハズカシイ、ハズカシイ」


 ……この機械なんかムカつくな。

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