第42話 愛情が故に……!

 俺とヤクモの前に突然現れたうららぎは、去り際に「喧嘩するなよーーーー!!」と一言残して部屋に戻ってしまった。今後、マンションの敷地内で出くわしたら凄く微妙な気分になりそうだ。


 ヤクモは……なぜか壁に寄りかかる感じで体育座りをしている。完全に大人しくなってしまった。さて、どうしたものかな?


「なあ、ヤクモ。もう帰れよ……ねこ……いや、ヒカリちゃんの件は今日にこだわることでもないだろ? 出来れば一生こないで欲しいけど」


「……」


 返事はないか……大人しいのはいいが、コイツは何をやり出すか分からないからなぁ……油断は出来ないな。


「僕はヒカリちゃんを……」


「連れて帰りたいんだろ? 知ってるから」


 ヤクモはコクリと小さく頷いた。やけに素直だな。今なら色々と話が訊けそうな気もする……ちょっと試してみるか。


「好きな食べ物はなんですか?」


「……す……砂肝……だ」


 お? これはいけそうだ。それにしても砂肝とは……なんか意外だったな……酒とか好きそうだ……おっと、好きな食べ物なんてどうでも良かった。そんなことよりハッキリさせておきたいことがある。


「なぁ、一つ確認したいことあるんだけど、ねこ……いや、ヒカリちゃんはヤクモの本当の妹なのか?」


「……妹のように思ってきたつもりだ」


 ありゃ? 今までと違って随分と弱気な……やっぱり妹じゃなかったのか


「僕は……昔、猫を飼っていたんだ……」


「今も飼ってるじゃねーか、逃げられたけど」


「黙って聞いてくれっ!!」


 なんだよ……勝手に語り始めた癖に……仕方ない。大人しく聞いてやるか。


「分かったよ。早く続き話せ」


「何処まで話しました?」


「猫飼ってたんだよ!」


 大丈夫かよ……


「そうでした……僕は猫を飼っていて、それはもう自分の妹のように可愛がっていたんです」


「今と同じじゃねーか」


「あの……黙って聞いていて貰えます?」


「あ、ああー、悪かったな。早く話せよ」


「まったくせっかちなお客様だ……ヒカリちゃんは、僕が昔飼っていた黒猫にそっくりなんです。雨の中コンビニから出てきた姿を目にした時は自分の目を疑いました……いなくなったはずのヒカリちゃんが目の前にいるのですから……」


 驚く所が違う気もするが俺も人のことは言えないか……いなくなった? 事故や病気で亡くなったのか? そうだとしたら可哀想だな。


「真っ黒な姿が本当に瓜二つ……その日は雨が降っていて、様子を伺っていると、どうも傘がなくて困っている様子なので声をかけてみたんです」


 まぁ、黒猫だからな……みんな黒いよ


「詳しく話を訊くと住む家もなくて困っているというじゃないですか……そこからでした……彼女との生活が始まったのは……」


「今、彼女って言ったろ」


「あの、お客様……黙って聞いてて貰えます? 質問は最後に受け付けますから」


 ……早く終わらねーかな


「僕は本当に黒猫が本当に大好きで大好きで仕方がなくて、ときにはその愛情が大きく出てしまうことも……それでかもしれませんね。僕の愛情に申し訳なくなって前のヒカリちゃんは出て行ってしまったのかもしれません」


 いやそれ嫌気がさしたんだろ……とりあえず亡くなったとかでは無いんだな……ほんの少しでも同情した自分を殴ってやりたい。


「あの幸せな時間をまた手にいれることが出来たと思ったのに……それなのに……おまえらが……」


「ちょっとまて、おちつけよ、俺たちは関係ねーだろ」


「僕とヒカリちゃんの時間を返せーーーー!!」


 さっきまで大人しく話していたヤクモは突然奇声をあげる……


「なるほどにゃ! そういうことだったのにゃ!」


「ヒカリちゃん!!」


「ねこっ! それに五十嵐さんに銀髪も! いつから聞いていたんだ?」


「多分最初からよ? 集塵くんたちドアの前で話しているんですもの、普通に聞こえてきたわよ。三人でドアに耳つけていたし」


「それは普通に聞こえてきたとは言わないぞ……それよりお前たちなんで出てきたんだよ」


「話を聞いていたら、ねこちゃんが良い解決策があるって突然言い出したのよ。止めたんだけど銀髪ちゃんまで絶対うまくいくって言うから」


「そうにゃ。わたっちにまかせるにゃ」


 ねこはそう言うと一歩前に出て大きく深呼吸をして見せた。


「ヤクモ……あの日、宿がなくて困っていたわたっちを面倒みてくれてありがとうにゃ……」


「ヒカリちゃん……」


「でも、わたっちはもうヤクモの所には戻れないにゃ……家出をしてきたわたっちが無償で誰かに助けて貰うにはこの方法しか思いつかなかったのにゃ……ごめんなのにゃ」


「どういうこと? 言っている意味が理解できないよ」


「今日でヤクモの好きでいてくれた黒猫の姿はお別れにゃ……わたっちは元の姿にもどるにゃ……」


「!?」


 ねこはそう言うと、両手をゆっくりと口元へ持っていき、小さく何かを呟いた。


 その瞬間だった……ねこの身体は虹色の光に包まれ、猫のようなフォルムからゆっくりと人の姿に形を変えていった……。

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