第40話 ぼくのヒカリちゃん……!

 ねこを逃す為に部屋から逃げた五十嵐さんを追って、俺と銀髪は後を追うようにして部屋を飛び出した。飛び出す前の銀髪が何故かボーっとしていたのが気になったけれど、俺の思い過ごしだろうか? 何かに集中していたようにも感じたのだが……


 だが今は、そんなことより五十嵐さんと、ねこのことが心配だ。ヤクモに捕まっていなければ良いのだが……


「きゃあーーーーーー!」


「にゃぎゃーーーーっ!!」


 部屋を後にした俺たちがマンションの前にまで出たと同時に、何処からか聞き覚えのある声が耳に入った。左右を確認するもコンビニの袋をもった老人以外、他に人の姿は見当たらない。となると……


「上か!」


 俺は振り返りマンションを見上げると、上階の共用部分の通路に五十嵐さんともう一人背広姿の人物が目に入った。


「五十嵐さん。自分の部屋に逃げようとしたのか! となると五階だっ! いくぞ銀髪!」


「集塵っ! こっちだ!」


 銀髪は階段の前で指を差し、俺を呼んだ。


「なんで階段なんだよ。エレベーターが丁度きているだろ! 乗るぞ!」


「やだっ! 階段の方が速い!」


「勝手にしろ! とにかく五階までいくぞ!」


 俺はエレベーターに乗り込み5階へのボタンを押す。ドアが中々閉まらない。イライラして閉めるボタンを連打していると、ようやくドアは閉まった。


「階段……ありだったかもな」


 エレベーターが二階、三階と上がっていき、ようやく五階につくと急いでいるというのにゆっくりドアは開き始めた。

 

 俺は強引に遅いドアをこじ開ける。普段意識をすることは無かったけれど、こんなにもドアの重みが手から伝わってくるなんて思いもしなかった。


 エレベーターを出て直ぐに右へ曲がると銀髪の姿が確認出来た。もう着いていたのか……


「遅いぞ集塵!」


 俺に気がついた銀髪は叱りつけるような口調で声をかけてきた。何だか銀髪が頼もしく見えるのは気のせいだろう……


 五十嵐さんたちはどうなったんだ……銀髪の奥に目を向けると、ねこを入れたバッグを縦に振り回してヤクモと距離をとっている。


「にゃぎゃーーーー!!」


 あの雄叫びのような声は、これだったのか? あぶねーなぁ……


 ねこはアレだが何とか無事そうだな。ヤクモの方も怖気付いているようだし、これは面白そうだから様子をみているか……と思ったが流石にあのまま放っていたら、ねこが五十嵐さんにやられてしまいそうだ。


「ヤクモっ!」


 俺はヤクモに向かって名前を叫ぶと振り向きこちらを睨んできた。


「銀髪。ダッシュして五十嵐さんの動きを止めてこい」


 ……ってもう走りだしてるのかよ。


 いつものアレか……銀髪の奴は毎回タイミングよく俺の思考を読んでいるよな? 実は出来る奴なのか?


「お客様じゃないですか! あそこにいる女を何とかして下さいよ。ヒカリちゃんを受け取りたくても手に当たったらと思うと痛そうで近付けないのです」


 そこかよ……


「悪いが無理だな。お前に、ねこを渡すわけにはいかない」


「何故です! 僕の彼女……いや、ヒカリちゃんの兄ですよっ、僕は!?」


「お前いま、彼女って言わなかったか?」


「……いってませんよ?」


「いや、言ったから」


 うーん、飼い主ではあるのだろうけど、これはねこの言う通り妹って話も、いよいよ怪しいな……そもそも冷静に考えたらヤクモの奴は、俺たちのような姿をしているものな? 腹違いの兄妹なのかな?


 ……なんだかアホみたいなことを真面目に考えてしまった。銀髪じゃねーけどカルビ肉を食えなかったからか?


「とにかくヒカリちゃんは僕が連れて帰ります! さぁ! 僕にヒカリちゃ……あーーーーっ!」


 ヤクモが再び振り返った先には五十嵐さんたちの姿は消えていた。無事に部屋に逃げ込めたようだな……そうなるとあとは目に前にいるコイツを何とかするだけだ……


「ヒカリちゃんがいないーーーーー!! お客様ーー! お前のせいだぞーーーー!」


 ヤクモは今にも襲い掛かってきそうな勢いだ……俺は拳を強く握りしめた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る