王子の交換日記

清水らくは

王子の交換日記

緑の月十五日


 今日も怒られてしまった。私はいつも失敗ばかりで、勉強も武芸もうまくいかない。将来国を背負う者として期待されていながら、それに応えられるだけの力がない。しかし日々努力する以外にないのである。

 こんな弱気なことを書いて申し訳ない。あなたに日々のことを伝えようと思ったのだが、私にとっては良いことなどあまりないのである。あ、そういえば、トンボが飛んでいるのを見た。私はトンボが好きだ。ゆっくりと飛ぶからだ。私はトンボのように生きたい。

 あなたはとても俊敏で頭もよく、何事も決断する力があるという。見習いたいものだし、よく「アステーリもああならばなあ」と言われる。いつか会って、話をしたいものです。


アステーリ



緑の月十六日


 日記とかいうガラでもないんだけど、アステーリからの頼みは断るわけにはいかないかねえ。俺はトンボは好きじゃない。虫で言えばカマキリが好きかな。強いからな。

 叔父が戦争で武勲をあげたという。俺もいつかは武人としても活躍したい。アステーリはどうだ?


ミーナス



緑の月十七日


 戦争は行きたくないかな。でも、ミーナスなら確実に活躍できるよ。その時私が見守っていられたら良いのだけれどね。

 今日は父の代理で橋の着工式に出てきたよ。挨拶を噛まずに言えるか心配だったけど、何とか乗り切った。でも、ちょっと躓いてこけそうになっちゃった。うまくいかないね。

 トンボ嫌いかあ。私は、カマキリは怖いな。

 ワインを飲んで、今から眠るよ。良い夢が見られますように。


アステーリ



緑の月十八日


 今日は稽古があった。たくさん撃ち込まれてあざができた。が、俺はあざが好きだ。あざの数だけ、成長できている気がする。

 なんかもう、書くことが思い浮かばないな。文章はあんたの方が上手い。見習わないとな。



ミーナス



緑の月十九日


 今日は体中が痛くて、ずっと寝ていた。夢を見た。草原の中に、私とアステーリがいた。二人で踊っていた。

 現実では、叶わないね。また夢を見られるといいなあ。

 文章のこと、褒めてくれてありがとう。たくさん本を読んできたからね。あなたも読んでみたらどう?


アステーリ



緑の月二十日


 本棚を見たけど、なんか見ただけで頭が痛くなった。本はまあ、必要な分だけ読むよ。

 今日はエダフォス侯爵の娘と会った。開口一番、「あなたはミーナスでして?」と聞かれた。慣れたけれど、まいったね。「ご覧になって分かりませんか?」と聞いたんだが、じろじろと見たうえで「やはりミーナスですことね」だとさ。

 多分だけど、アステーリに会いたかったんだと思うぜ。ちょっとガサツなところはあるけれど、まあ、いい子だとは思う。アステーリにその気はあるのか?


ミーナス



緑の月二十一日


 あの子はきっとあなたのことが好きなんだと思っていたよ。からかっただけじゃないかな?

 父上の様態がいよいよ悪い。みんなそわそわしていて、私の顔を見るたびに目をそらすのがなんかいやだ。アステーリ王子が王位を継いで大丈夫かって、心配しているんだろうなあ。とはいえ、僕自身も心配だよ。

 君はどう思う? 私で大丈夫かな?


アステーリ



緑の月二十二日


 自信を持て、アステーリ。お前が国を背負っていくんだ。お前にはできることを俺は知っている。ずっと一緒だったんだからな。

 ただ、俺だって不安なんだ。これは俺とお前の問題でもある。どうして会って話せないんだろうな。二人で協力できれば、どれだけよかったか。

 とはいえ、考えても仕方のないことだな。とにかく、お前がこの国を引っ張っていくことになるんだ。頑張れよ。


ミーナス



緑の月二十三日


 王が亡くなった。信じられないよ。

 私が本当に王になるんだろうか。私は賢くない。だから、全て君のときに決めてもらうのがいいかも知りない。私の時は、何もせずにいるのがいいかもしれない。君こそ王にふさわしいんだから。

 どうだろう。もちろん、私にできることは私がするつもりだけれど。でも、こう、会議とか、会談とか、そういうのは全て君のときがいいと思うんだ。


アステーリ



緑の月二十四日

 不思議な朝だった。目が覚めたのに、体が動くのが変な感じだった。あまりにも眠りが短い、と感じた。

 まずはこの日記帳を見たよ。そしたら、二十三日で止まったままだった。ついに君に愛想をつかされたと思ったよ。けれど変なんだ。みんなが私の顔を見て、けげんな表情をするんだ。私が話すのを聞いて、目を丸くして「今日もアステーリ王子なんですか?」って言うんだ。

 そう、君が日記を書かなかったのではなくて、君が現れなかったんだね。

 もう十年以上ずっと続いていたので、こんな日が来るとは思わなかった。変わらず毎日、交代してきたんだからね。なんで今日は私なんだろう。父が死んだから? 私が王になるから? 私が変なことを書いたから?

 朝からずっと考えていたよ。君は、私にとって最高の友人だ。決して会うことはできないけれど、こうして日記でつながっているだけで、とても安心できた。けれども、もう会えないのだろうか。だとしたらとても悲しいよ、最愛なる友、ミーナス


アステーリ



白の月二十日


 やあ、久しぶりだな。これを読むとき、びっくりするんだろうな。まあ、今日は他のやつらがびっくりしていたけれど。なんせ二か月も現れなかった俺が突然現れたんだからな。

 十年か。俺がお前の中で生まれてからそんなにたったんだな。お前がどう考えているかは知らないけど、俺はお前の悪い部分が集まってできた存在なんじゃないかとずっと思ってたぜ。だから、一日ずつ交代するのは申し訳なかった。アステーリは思いやりもあるし、思慮深いし、立派な王になれると思っていたよ。けどよ、俺がいつまでもいたんじゃいけないと思ってた。俺に任せられると思ったら、お前は真剣になれない。だから俺は、消えようと思ったんだ。

 お前は違うようだけど、俺は出てこない日も少し意識があるんだ。ひょっとしてお前を見守る守護霊だったのかもな? とにかく、俺はずっとお前を見守ってた。だからもう限界だってわかった。一日だけ、俺が替わりになってやった。本当は甘えになるからいけないんだろうけどな。でもよ、俺はお前が好きなんだ。だから、ほっとけなかった。

 明日からはまたお前が王として頑張るんだぞ。


野蛮な同居人 ミーナス



白の月二十一日


 ありがとう、ミーナス。頑張るよ。私も好きだよ。


気弱な同居人 アステーリ


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