第2話 【胸中吐露】
「先生!おはようございまーす!!!」
元気な挨拶と共に勢いよく扉を開ける音が病室に響く。窓の外を見ると、晴れ晴れしくて眩しい。あまり好きじゃない天気だ。
「静かにしてくださいよ。他にも患者さんは居るんですから。」
「す、すいません……」
看護師の人に怒られて反省したのか声が小さくなり、扉を静かに閉めた。
ベッドから起き上がり、通路側に腰掛ける。おはよう、と声をかけるとお化けでも見たような感じで驚いている。失礼過ぎないか?
「あー…あの、先生…もしかして」
彼がその先を言おうとしたところで、また扉が勢いよく開かれた。
「師匠〜、おはようございまーす。」
また元気な挨拶がくるのかと思って耳を塞ぐ準備をしていたが、その心配は必要無かったようだ。
「扉が壊れるので、静かに開閉してください。」
案の定、看護師の人に怒られる。が、不思議そうな目で看護師の人を見つめて口を開いた。
「大丈夫。壊れても私が直してあげる。」
それだけを看護師の人に言い、こっちの方に歩いてきた。
「師匠、単刀直入に言うけど記憶喪失?」
少しだけ焦った。背後の窓から差し込んでくる光が、妙に熱く感じる。
「…うん…ボクから言おうとしたんだけどね…バレてたかぁ。ははは。」
どこか申し訳なくて目を合わせられず、目を伏せた。
「やっぱり記憶喪失なのか〜。」
幻滅されたんだろうか。記憶を失う前は冷徹で任務を遂行する為ならなんでもするような人間を 先生 や 師匠 と慕ってくれていた2人だ。記憶を失った今のボクは尊敬の対象外だろう。
「…ゴメンね…君達は悪くないんだ。全部記憶喪失になったボクが全部悪いんだ。昔のボクじゃないから慕う必要なんてないんだよ。」
思ったことを全て吐いた。こんな情けない自分になっているのに、まだ慕ってくれというのは2人に失礼だと思ったからだ。
沈黙が続いたが、数秒後その沈黙は破られた。
「なんだ、そんなこと?私は前の記憶を失ってない師匠を慕ってるんじゃなくて、師匠を慕ってるの。」
その言葉に心が救われたように感じた。というか本当に救われた。
「…そうですよ、慕っているのは先生という人格じゃなくて人間なんですから。」
「…ははは、ありがとう。」
顔を上げ、2人の顔を見る。見ると、2人はこちらを向いて驚いている。
「えっ…と…?」
困惑していると、両太腿に暖かくじんわりとした感触が広がる。
やっと理解した。ボクが泣いているから2人は驚いた顔をしてるんだ。
「あれ…?ゴメン、なんか涙止まらないや…ゴメン…」
いくら手で拭っても拭っても、涙が止まらない。
「大丈夫、師匠。謝る必要なんてないし、好きなだけ泣いていいんだよ。」
その後30分ほど、ボクは泣き続けた。
「…ゴメン…涙は止まったから……」
涙は止まったが、鼻水が止まらなくなった。
「大丈夫ですか先生…」
「うん…大丈夫…あ、2人に聞きたいことがあるんだけどいい…?」
このタイミングで、2人の素性とボクとの関係について聞くことにした。
「私はね、魔術師見習いで師匠の弟子!名前はチエロ、師匠がつけてくれた名前なんだけど覚えてない?」
「…ゴメン…分からない。」
チエロ、ボクの弟子、他に聞いたことは陽気だと周りからよく言われる15歳の女の子。昔ボクに拾われて弟子にされたらしい。陽気というより、マイペースなだけだと思うがボクだけだろうか。
「俺はヴェント、魔術師ではなくただの傭兵です。魔術師達が作った魔法武器のお陰で怪物と戦えてます。」
ヴェントはここに流れ着いたフリーの傭兵、流れ者らしい。20歳前半くらいで、怪物に殺されかけた所をボクに助けられた。そのあと戦いを教えてくれと頼み込み、少しの間だけ生徒として教えてくれることになった。と話してくれた。
「…そう…か、そうなのか。うん…ありがとう…あと、尚更ゴメン…こんなことになっちゃって…」
2人から話を聞いて、どれほど前のボクを慕っていたかが分かった。
今のボクは、前のボクとは正反対の存在だと言える。血も涙もない人間と言われた前のボクが、頭から血を流して涙をボロボロ流した。これが同じ人間と言えるのだろうか?
「気にしないでください先生。先生はよく言ってたじゃないですか。
『己を決めるのは自分じゃなくて周りだ』
って、俺は先生のことを変わらず先生だと思ってます。」
「そうだよ師匠。周りに居る私達が師匠のことを師匠って言ってるんだから自信もって。」
また情けない姿を弟子と生徒に見せてしまった。
「師匠は前みたいに冷酷じゃなくて、今の陰気な感じでもちゃんと師匠だよ。」
「ちょっ!お前陰気って言うなよ!」
陰気…ちょっと心にくるよ我が弟子よ……
「ははは、まぁありがとう、お陰でなんか元気出たよ。」
そのあとは、少し雑談をしながらヴェントの次の予定を聞いた。
「俺は、少ししたらここを離れて別のところで傭兵業するつもりです。俺寒いの苦手なんで北には行かないで…そうですね、東の方にでも行きましょうかね。」
「へぇ、じゃあ島国か。船酔いとか気をつけなよ」
えぇ、そうします。船は少し苦手なんですよね。
とヴェントは微笑しながら目を細めた。予定では、再来週にはここを出るらしい。今日は5月10日、24日にはもうここには居ない。
それまでに一緒に魔術師として仕事をしたいな。
と思う。ふと、寝息が聞こえたので横を見ると、チエロが寝ていた。
「チエロは寝てるみたいだね。」
「そろそろコイツ叩き起して戻りますよ。」
「チエロが起きるまでここに居たら?」
「まぁ、今日はそうしますか。」
窓から差し込む光は、黄色に近い明るい白がオレンジ色になってきた。ヴェントと他愛のない会話をしながら、30分ほど経ったところで、外が騒がしくなってきた。
「…なんだろ、外でなにか起きたのか?」
「……先生、なんか嫌な予感がします…」
そのヴェントの予感は的中した。騒がしい音はこっちに近付いてきて、扉が勢いよく開かれた。デジャブを感じる。
「失礼する!ここに『夜霧』は居るか?」
建物内に響くような女性の声によって、チエロが飛び起きヴェントは立ち上がった。
そして、看護師の怒号が女性以上に建物内に響き渡った。
陰気な魔術師と陽気な"自称"弟子の行く怪物退治の道 鐘鳴 樹 @Ituki_Syoumei
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