第1話 【記憶喪失】
眩しい。そしてなにやら話し声が聞こえる。
「……は…丈夫…ん……か!?………じゃ…かった……だ……おか……からな!!!」
いきなり耳をつんざくような怒号が聞こえてきた。というか脳を直接揺らされているような感じがした。
「…っ…うぅ…」
中々声が出ない。頭が痛い。鈍器か何かで殴られたかのような痛みだ。ズキズキ、と痛みは止まず頭が壊れそうだ。
苦しんでいると、走ってくる音が2つほどが聞こえた。
「先生!起きたんですか!?大丈夫ですか!?」
「あ、師匠起きた?大丈夫?」
また脳を直接揺らされているような感じがする。いや、この感覚は脳ではない。体が直接揺らされているんだ。
「…すまない……少し…静かにしてくれないか…?あと…揺らすのを…やめてくれ…」
声が上手く出ないが、意思疎通は上手くいったのだろう。静かになったし揺さぶられてる感覚も無くなった。
「頭は痛みますか?頭以外に、どこか痛いところは?」
目も開いてきた。ちゃんと視覚は機能している。
「…頭は、壊れそうな程の痛みはあったが今は少し平気だ……他は…喉が痛くてあまり声が…」
「そうですか。暫くは安静にする必要がありますね。」
医者の男は紙に何かを書き込んでいる。カルテのようなものだろう。何が書いてあるのか気になるが、頭が痛いのであまり動きたくはない。
「師匠、大丈夫?どのくらいで動けるようになるの?」
「おいコラ、先生を急かすようなこと言うな。ここは医者の人も言ってたように安静にさせておくべきだろう。」
目の前の2人のやり取りにこちらも微笑ましく思えて笑えてくる。
ははは、と笑うと2人が変なものを見るような目でこちらを見てくる。
「師匠が笑うなんて…」
「先生の笑顔なんて初めて見た…」
予想外の反応にこっちも困惑する。笑うのは人として普通だろ。と思いつつも喉が痛くあまり声を出したくないので言わないでおくことにした。
談笑をしていると、あっという間に1時間が経った。2人はもうそろそろ帰らなきゃ。と言い、帰る準備をし始めた。
「それじゃ先生!また明日来ます!」
「じゃあね師匠」
こちらも じゃあね と言うとまた変なものを見るような目でこちらを見てきた。
「…ふぅ…」
窓の外を眺めると日が沈み、隠れていた星達が姿を現した。
落ち着きながら、窓の外にどんどん広がっていく星空を眺めていると医者の男がやってきた。
「彼等も帰ったところですし、少し話をしませんか?」
「…何をですか?」
「貴方は自分の名前を覚えていますか?」
そりゃ当然…と言おうとしたが自分の名前が頭に思い浮かばない。おかしい。自分の名前は…自分の名前はなんだ…なんなんだ…?
「…やはりですか。貴方は記憶喪失ですね。」
記憶喪失。この4文字が脳内から離れない。そういえば、一緒に居たがあの2人は誰だったんだろう。分からない。
「自分の名前を思い出せない。先程の2人の事もきっと思い出せていないでしょうね。」
「その…通りだな…思い出そうとすると…何も思い出せない…」
思い出そうとすると、記憶が自分から逃げていくかのように消えていく。
「教えてくれ…自分は…俺は…ボクは…誰なんだ…?頼む…」
「貴方は…そうですね。貴方が忘れているのは人間関係のみですか?」
「分からない…少し待ってくれ…記憶を整理する…」
ボクは魔術師だ。あの街に生まれて、親を失った。引き取ってくれた孤児院は燃やされ、魔術師としての才能を認められ魔術師として働いてきた。
親は居た。けど思い出せない。孤児院は誰と一緒に居たんだっけ。魔術師としての才能を認めてくれた人は誰だ?
「……人間関係だけだと思う…他は…多分思い出せる…」
「なら良かったですね。では教えましょう。貴方の名は…」
なんて名だったのだろう。検討は全くつかない。
「ありません。貴方の本名を知るものは誰も居ません。貴方は偽名を使っていました。」
「どういうことだ…?ボクの名前は…」
「ありません。偽名も1回きりです。なので新しい名前を考えるしかないですね。さぁ、どうしますか?魔術師様。」
ボクは偽名をずっと使ってきていたらしい。だから名前が無い。そして1回きりの名前だから今考えろと…
「…チラール…ボクの名はチラール:リュークだ。」
「理由を聞いても?」
「直感…です…」
本当に直感で閃いた名前だった。医者の男から 良い名前ですね と言われ少し照れ臭くなった。そして医者の先生に記憶を整理する時間を少し取ってもらい、ある程度の整理をした。そして記憶の整理をしていると何個か疑問が浮かび上がった
「…いくつか、質問をしても?」
「えぇ、どうぞ?答えられる限りは答えましょう。」
まずは1つ目。目を覚ました直後より喉は回復していて、普通に喋れるくらいにはなれた。
「ボクは、記憶を失う前はどんな人間だったんだ?」
「そうですね…私は現地で見たわけではありませんが、とても冷酷で、怪物に容赦のない魔術師だったと噂で聞きました。」
医者の先生は他にもボクの噂を聞かせてくれた。正直、その内容を聞いてショックを受けた。記憶の失う前のボクは、仲間にも容赦がなく、任務は絶対遂行、全てにおいて厳しい人間で一部の人間以外には嫌われていたそうだ。
「…本当なんですか…?」
「あくまで噂なので真実は分かりません。明日、あの2人に聞いてみては?」
「そうさせてもらいます…」
聞くにしても、まずは記憶喪失だということを打ち明けなければいけないのか。今日なんともないように接していたから少し気まずく思う。
「2つ目ですけど、ボクがここに来た時に本は持っていましたか?」
「本、ですか…いえそんなものは持っていませんでしたね…」
記憶喪失の直前の記憶だったが、本の事を思い出せたのは奇跡かもしれない。あの本のインパクトが凄かったんだろうか。
「無かったですか……ありがとうございます。」
しかし、懐に入れた記憶は確かにある。もしかしてこの記憶は本当の記憶じゃないのか?そうだったとしても別に無理はなさそうな感じがするのが余計に憎い。
「そろそろ、私は戻りますね。何かあったらナースコールを。まぁここにナースコールはありませんけどね。」
笑わせようとしたんだろう。だが、本人が言った後につまらなそうな顔をしたので笑うに笑えなかった。
「…いや、待ってください。最後に1つだけいいですか?」
「なんですか?」
「貴方は誰ですか?」
この質問は、怪しいからという理由ではなくただボクが記憶喪失だからした質問だ。深い意図はない。
「…私は、ただの医者ですよ。元々は安全な、この国の首都の方の医者でしたが今じゃこんな危険な場所で軍医をやってます。」
「答えてくれてありがとうございます。引き止めてすいませんでした。」
返答の礼と謝罪を聞き、医者の先生は部屋から出ていった。
窓の外に浮かぶ星々を見ながら、自分の記憶は戻るのだろうか。と不安になっていたが、なんとなく思い出せた言葉にその不安は打ち消された。
『必死に生きれば、いずれ問題も解決できる』
誰の言葉だろう、思い出せないがきっと記憶を失う前のボクの大切な人の言葉なんだろう。懐かしく思える。
「…何もすることがないし、もう寝よう。」
医療用ベッドの布団にくるまって、目を閉じた。星々の光は届かず、ただ真っ暗な世界が目の前に広がった。
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