第6話

「ここだよ」

「はい」


 お父様の会社へは、カリファーソン家からは馬車ですぐでした。

 そして執務室へと私達はすぐに通してもらいます。

 なお道中、お兄様に「吊るし」の服を買っていただきました。

 悠長に作ってもらう様な気分ではなかったのです。


「――アンナ!?」


 扉を開けると、お父様がすっとんきょうなお顔で私を見ました。


「おお、久しぶりだ……」

「私の本当のお母様に似てきた、とかおっしゃいますか」


 私はずんずん、と歩を進めました。


「聞いたのか」


 デスクの前へたどり着くと、足をぐっとふんばりました。


「ええ。ですので更に! お聞き致したく」

「何を」

「何故私を! あの館に置いたのですか!」

「お前は私の娘だ。だから」

「ですが、おかげで私は何年も、アイリーンお姉様からの暴行を受けてきました。あの、年々巨体になっていく方に比喩では無く踏み潰されて。ご存じ無かったとは言わせません」

「いや、実は知らなかったんだ。アイリーンが年々巨体になりすぎて、ちょっと見たくなくなってきてだな」

「何ですか、ではお姉様のことも要するに放っておいたんですか」

「おやお前、そんな風に話せたのだな。とてもいい声だ」

「お父様!」


 今度はデスクを両手でぶっ叩きました。


「お家を放置するのもいい加減になさって下さい。それができないのでしたら、私をどうぞ、勘当してください」

「あ、それは嫌だ」

「何故ですか」

「聞いたのだろう? お前の本当の母親のことを」

「ええ」

「イベリットの娘を手放したくなぞ無いに決まっているじゃないか」


 何ですか。

 話が通じません。


「父上」


 はあああああああああああああ、とため息をつきながら、兄が入ってきました。


「実は一ついい話があるのですが」

「何だ?」

「お兄様?」

「そこにいる、俺の友人が、ぜひアンナと結婚したいと言っています」

「え? え? リチャード様が?」


 振り向くと、リチャード様がにこやかに手を振っています。

 思わず私は自分の頬が赤らむのを覚えました。

 

「そして向こうの母君もアンナを気に入っている模様です。カリファーソン家でしたら、相手としては申し分ないのでは?」

「し、しかし、まだアイリーンの縁談も決まっていないのだぞ」

「父上! あれが結婚できると思ったら大間違いですよ」

「そ、そうかね」

「本当に、何年館に帰っていないのですか。今のあの巨体を誰が欲しがると思うんですか。しかも年々性格も悪くなって! だからアンナが下町娘の格好で足蹴にされていても気付かなかったんですね。何処のシンデレラか、って。でもシンデレラの配役の場合ですね、虐める姉の末路というのは決まってるんですよ。いくらアイリーンがアレでも、一応父上の娘ですよ? そうなってもいいんですか?」

「む……」

「何でも最近じゃ、使用人の食事にすら手を出して止まらない様ですよ。あれはもう病気です。ドレスだって、どれだけ作り直してもどんどん膨れ上がるばかりでどうしようもないとか」

「ぐぬぬ」


 とうとう返す言葉を失った様です。


「ともかくアンナはもう向こうの家には返しません。アンナ、リチャードはどう?」

「どう、と言われても」

「以前も会っているんだよ。夏休暇とか。その時のよく走り回る姿とか、歌声とかが気持ちよかったと言っていた」

「そうですね…… はい。悪くない――良い話です。少なくとも、あれよりは!」

「そうかお前すら、既にあれ呼ばわりか」

「ええ。使用人もおそらくこの調子では、きっとお暇を、と言い出しますよ。あの状態では。お父様は本当に、一度ご覧になって。特に夜中を見張って」

「夜中…… だと」

「お願いいたします。食料庫を漁る令嬢なんてポンチ絵にもなりません」


 そして私は頭を下げて、兄と共に父の執務室を出ました。

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