第5話

「……困ったもんだなあ」

「屋敷の方でも、どうしようもなくって。誰もお姉様に本気で注意できないんですもの」

「確かになあ。母上が閉じこもってしまっている以上、アイリーンを止めることができる奴は…… 物理的にも少ないだろうなあ……」


 ふう、と兄は大きく鼻息を荒くしました。

 そして大きくうなずきます。


「よし! ここはもう、父上に本気でアイリーンに『合った』縁談を探してもらおうじゃないか!」

「えっ?」

「あとアンナ、お前の母親にも会わせてやるよ」

「え」


 私の母親。


「あの、お兄様、会える―― 生きているのですか?」

「うん。まあ、親父の口を割るのは大変だったがなあ。イベリット・アスクリーって聞いたことがあるか?」

「あらまあ、大変な歌姫じゃないの」

「え……」


 夫人の言葉に私は戸惑いました。


「ああアンナちゃん知らなかったのね…… オペラの歌姫よ。まあまあ、貴女の父上は、若い頃の彼女と恋仲だったのね」

「え、それは……?」


 曰く。

 イベリット・アスクリーという歌姫は、十何年か前にはまだ駆け出しの歌手だったということでした。

 主役などまだまだ、という。

 ちょうどお母様――正妻の方が、体調を崩され、気鬱の病で閉じこもってしまったため父が寂しくなってしまった時期そうです。

 寂しかったので、とりあえずひたすら仕事に精を出し過ぎて疲れていた時期に、たまたま出会った端役時代の彼女との恋に落ちてしまった様で。

 そしてしばらくは一緒に暮らし、私が生まれたそうです。

 でも歌姫でありたい、ということで育てることはできないと。

 私のことは、父に託したのだということです。

 

「まあ確かに、母上はアイリーンを産んだ後、俺もそうそう顔を合わせたこともないし」

「それで私を?」

「うん、まあ、そういう感じかなあ」

「ロマンスだわっ」


 奥様はほんわりと両手を組んで笑顔になります。


「そうだったんですね…… それで私、向こうの…… おかあ…… 奥様とは顔を殆ど合わせたことも無いんですね。当然ですね」


 何と言うか。

 私はぬるくなったミルクティーを――

 くいっ、と飲み干しました。

 そして。


「お兄様」


 私はそう言ってぱん、とテーブルに両手をついて立ち上がりました。


「な、何だ?」

「私を今から! お父様のところへ連れて行ってくださいますか?」

「な、何でまた」

「私、ちょっと今、ずっと忘れてた怒りという感情を思い出したんです」


 ロマンス。

 そう言えば聞こえはいいのですが。

 そんなものに振り回された私はたまったものではありません。

 美味しいミルクティーを砂糖をしっかり入れて、久しぶりに味わえたせいでしょうか。

 身体の奥からふつふつと怒りと闘争心が沸いてきます。 

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