第4話
さて、兄の話によりますと。
「お前の解雇された乳母が、最近様子を見に来た時に、お前が玄関の掃除をしていたのを見てびっくりしたというんだ」
「メリンダが!」
「どうしてそんなことが、と思ってメイド達に聞くと、アイリーンの指示だって言ったらしい。しかも何だ? 俺が休暇の時も、お前実は、屋根裏部屋に居たんだって?」
「……はい、気付かれない様に、と言われつつ」
「いや、何か服のサイズがおかしいな、とか新しくもないよな、とは思ったが…… つまり、取り繕うにしても、新しく仕立ててもらっていなかったんだな」
そう言われているうちに、私の目から、知らず、涙がぽろぽろと落ちてきました。
「あ、や、女の子を泣かせるつもりはないんだよっ」
兄の隣で話を聞いていたリチャード様は、慌てて私にハンカチを渡してくれました。
「って言うか、この子の着ていた服、あれは何なんだ? めっちゃつぎはぎだったろ? 下町の古着屋じゃないと売ってない様なものじゃないか?」
「たぶんな。うちの領地の農民だって着ない様なものを、何だってアイリーンは…… いや、それを放っておいた母上もか」
「アイリーン嬢は、確かお前の二つ下だったよな」
「ああ。……だから、えーと、23か」
「ああもう、とっととどっかに嫁にやっちまえばよかったんだ」
「嫁き場所が無いから、アンナに当たってたんだろうさ」
まあ、おそらく――いや、確実にそうだと思います。
お姉様にも縁談はありました。
ですが、その方を一度家にお招きして、お茶会をすると必ず破談になるのです。
「まあうちは確かに、これと言って関係を結んでおいて得だ、という家ではない。となれば、……まあ、あれをもらおうという男はそういないだろうな」
「あの、正直、私もそう思います」
泣いた後のせいでしょうか。
菓子やサンドイッチを口にできたせいでしょうか。
それまで一度として口にしたことの無い言葉が私の中から滑り出してきました。
「そう、お茶菓子。お姉様はお茶会の際も、ともかくお茶菓子があればあるだけ、食べ尽くすのです。お喋りをしてようが何だろうが……」
「食い尽くす?」
ふうん? と兄と夫人が身を乗り出してきました。
「それはどういうことかしら? 普段の食事もそうなのかしら?」
「あの…… 普段の食事を私が見ることはできないんですが、お姉様は夜中に厨房の倉庫を漁るのです」
「は?」
「へ?」
男性方の声が揃いました。
「無論お食事はなさいます。ですがその後なのです」
「後」
「厨房が洗い物に精を出している時、私達が残り物を食べている時にやってきては、その残り物が盛られている皿に近づいて、『何だまだあるじゃない』と手をつけ、これまた食い尽くしていくのです」
兄はあんぐりと口を開けました。
きっとその様子を想像しているのでしょう。
「ちょ……、待て、それ使用人の食事に、か?」
「ええ。おかげで皆、最近ではある程度調理中にそれぞれある程度用意して、紙に包んで自室で食べる様にしているんです。しかも、最近は夜中に保存食料庫の方に……」
「保存食料庫。ねえ、何が入っているのかしら?」
奥様は控えていたメイドに尋ねます。
「保存が効くものなら…… 材料でしたら小麦粉とか砂糖とか塩とか…… 作ったものでしたら、果物の砂糖漬けだったりジャムだったり。ハムやベーコン、ドライフルーツ、あと焼きすぎたパンとか、そういうものも入れてある場合がありますが……」
「アンナさん、もしかして……」
「はい。お姉様はそこの鍵を当初は勝手に持ち出し、それができなくなったら、今度は扉を壊して、口に何でも入れようとしていました。厨房側も本当に困ってはいるのですが、お姉様のすることだし、お……母様も止めないので、どうすることもできないで」
「それでか。あのお前の倍の幅になっちまった身体は……」
そうなのです。
あの時、私の頭の上には、ただ単に足が乗せられていただけではないのです。
私の腰くらいの太ももを持つ足に、体重の半分を乗せていたのです。
さすがにそれには、身体を支えている腕と膝がきりきりと痛くなりました。
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