第3話

 風呂に入れてもらった私は、自分がどれだけ汚れていたのか気付いてびっくりしました。

 髪は一応毎日ブラシを当てていたはずですが、それでも脂ぎっていたのは確かです。


「ああもう! 年頃のお嬢さんをこんなままに!」


 そう言いながら担当のメイドは、ちょっとすりむけるのではないかと思うほど、私の肌をこすって綺麗にしてくれました。

 そして柔らかい下着と、楽なプラウスにスカートを用意してくれました。


「とりあえずはこれで」


 とりあえずも何も、充分すぎるくらいの心地よさです。

 髪を乾かし、とりあえず後ろで一つにリボンを結んでくれました。


「ずいぶん痛んでいますからね、今はとりあえず」


 そして私はこの家の人々の前にようやく顔を出すことになりました。



「あらまあ!」


 ふっくらとした(膨れすぎてはいません)女性が、にこにこして私の側に近づいてきます。


「もう大丈夫? よく眠ったみたいね。お腹空いているでしょう?」


 そこにはお茶の用意がされていました。

 お茶と言っても、軽い食事と言った方が良いでしょうか。

 指でつまめる程度の焼き菓子、果物、それにきゅうりのスライスやコールドビーフのサンドイッチ。


「いきなり沢山食べると胃がびっくりしますからね」


 奥様が手ずから私にお茶を淹れて下さいました。

 ミルクもたっぷり。

 お砂糖も。久しぶりです。


「ゆっっっっくり食べた方がいいですからね。お喋りの相手も呼びましょう」


 奥様はテーブルの上に置かれたガラスのベルを軽く鳴らしました。


「お兄様!」

「アンナ、見違えたよ。ああ、本当にそんなに頬がやつれて……」


 そっと兄は私の頬に手を添えます。


「お兄様、助けて下さってありがとうございました。……あの、こちらは」


 背後には、私を連れて馬車に乗せてくれた方が居ました。


「ああ、俺の学校の親友、リチャード・カリファーソン。と、そちらは母君のマリエッタ夫人」

「あの時は、……失礼しました……」


 気が抜けてすっと眠ってしまった時のことです。

 あれだけ熟睡していたなら、よだれを流していてもおかしくないくらいです。


「いや、それだけ疲れていたんだよ。姫君を盗み出す計画は楽しかったしね」

「私…… そんなものではないです……」


 姫君。

 そう言われるには、確実に半分足りない気がしていました。


「なあアンナ、お前が母上の子ではないことは俺も知っていたよ。でも同じ父上を持つという意味で、あの家の子であることには変わらないんだよ」

「でも」

「俺は父上にはちゃんとお前を連れ出すと予告しておいた。父上は止めなかった。仕事柄そうそう家に居られなかったから何が起きているのか判らなかったんだろうさ」

「お兄様がそれで罰せられるということは……」

「俺のことは心配するなよ」


 ぽん、と兄は、私の頭に手を乗せました。

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