第2話

 そう、その一日半前。

 私はいつもの様に八つ上の姉、アイリーンに命じられて、玄関の床掃除をしていました。


「メイドの服すら勿体無い」


 アイリーンは私には何処で買ってきたのでしょう、つぎはぎだらけの古着を身につけさせています。

 そしてその格好で、玄関の石段や、その近くの溝の掃除をするようにと命じました。

 色あせ、すり切れた古い型のスカート、つぎの当たったエプロン、変な風に色落ちした男ものの上着。

 どた靴にボンネット。

 いいですけど。

 もう何年も慣れてますから。


「そうそう! これがリアルシンデレラって感じよね!」


 そう笑いながら、階段をよたよたと下りつつ、私の様子を眺めていました。

 足の裏とか股関節が痛いそうで、階段を下りるのは非常ーーーーにゆっくりなのです。

 いつぞや、廊下の掃除をしている時に、バケツに入った汚水をかけてもきましたねえ。

 まあ、その水のせいでアイリーンの巨体がつるっとすべってこけて、ぎゅうぎゅうと私の上に乗ってきました。

 ……あの時は本気で圧死するかと思いました……

 フットマン達に助け起こされながら、姉は言いました。


「アンナ、お前はごはん抜きだよ!」


 私は何でこうなったのか判りませんでした。

 でもいつからか、は判っていました。


 私達きょうだいは、十歳上の兄のマイク、その二つ下のアイリーン、そして離れた歳の私、アンナの三人です。

 ところが、私が生まれたのは予想外だったのでしょうか。

 両親――特に、母は私のことをすぐに乳母任せにしました。

 それ以上に、私に会いたくない様で、食事の時間に寄りつかなくなることが多くなりました。

 父と兄はそれでも私のことを可愛がってくれました。

 とは言え、兄が家で私と遊んでくれたのは、ほんの二、三年です。

 十六の歳に彼は都会の学校へと出て行きました。

 夏の長い休暇などの時には、必ず私を外に連れ出して、遊んでくれました。

 私は兄が大好きでした。

 父も兄に対して、私を守ってやってくれる様に、と言っていた――気がします。

 その辺りの記憶が、少しばかり胡乱になっています。

 兄は毎年休みに帰る都度、私にこう言いました。


「何処か病気でもしていないか?」


 そんなことは無い、と言いました。

 ただ、その休みの期間以外――


 そう、あれは私が八歳になった時でした。

 社交界にデビューした姉(まだふっくら程度)は、そこでとある噂を聞きました。

 そう、私のことです。

 私は知りませんでした。

 私が母だと信じていたひとは、ここの正妻で、私は父の愛人の子だったのです。

 それを知った姉は、ある日いきなり私の荷物を屋根裏の使用人達の部屋の一つに放り込みました。


「お前は薄汚い泥棒猫の娘だよ、いくらお父様が認めたって私は認めない」


 そう言って、私を使用人扱いし始めました。

 そして使用人より酷い服を着せ、掃除や洗濯といったことをさせ始めました。

 父は会社が忙しくなり、帰らない日々が続いていました。

 いえ本当に帰らなくなりました。

 それが何かしらの記念日であれ。

 ですが兄は帰ってきます。

 彼ら気付かれるのは困ったのでしょう。

 休暇の時期になると、アイリーンは部屋はともかく、形だけでも以前の服を着せ、何事もなかった様に、と私を脅しました。

 それが八年続きました。


 兄はどの時点で気付いたのか判りません。

 でも、こうやってお友達と共にこんな時期にやってきて、私を連れ去ってくれたということは、結構前から判っていたのでしょう。

 そして助けるタイミングをはかっていた……

 ええ、後はお兄様に聞くしかありません。

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