ナターシャが語る子供が出来なかった理由①

 私がクリーキン子爵家に嫁いだのは、父と向こうの義父が軍人という関係からだったのね。

 うちはもう根っからの軍人家系――って、貴女もそれはご存じだったわね。

 皇帝ご一家を守るための軍隊において、高い地位をいただく。

 そうよね、ずっとここのところ南向きの戦争が多かったもの。

 軍人の家は強い子を欲しがる訳よ。

 で、まあ私に白羽の矢が立ったという訳。

 子爵家は他にも、健康な女子というのを探していたのよ。

 それで私はまあ、お眼鏡にかなった、という訳だけど。

 で、元々丈夫な子供をどんどん産んで欲しいから、って結婚だから、もう最初から期間が決められていたのね。

 そう、それが三年。

 一年でもいいんじゃないか、と向こうは言っていたのね、最初。

 さすがにそれは無いだろう、と父が猛反対して。

 いえね、私は一年の方が、本当は良かったのよ。

 でもまあ、今となっては三年で良かったんじゃないか、って思うの。

 だって、ともかく努力はしたんだ、ってことが判るじゃない。

 まあそれで、私は結婚しました。

 クリーキン子爵家の惣領息子のヴィクトル。

 その当時好きな人が居たことは貴女知っていたでしょう?

 瓶底眼鏡…… よく覚えていたじゃない。

 そう、子爵は子爵でも、文芸畑の方のルーニン子爵の三男坊、エフゲニーね。

 でもまあうちだから! 

 さすがにあの文芸畑の家と関係持とうなんて全く思ってくれるはずが無いじゃない!

 だから私達、ともかく一応お別れしたのよ。

 とりあえずね。

 で、ヴィクトルとの結婚生活ときたわけ。

 いやもう、体力旺盛な軍人ってのは!

 結婚前から、ずいぶんと高級娼婦とかとも関係があったそうよ。

 で、私と結婚してからも家に居る時は毎晩の様に求められたわ。

 だけど皆の予想に反して、私がなかなか身籠もらないのよ。

 それはおかしい! って私、何度か医者にも診せられたわ。

 でも私が健康そのものなのはほら、今見ても判るでしょ?

 それに……

 これは我が家と、貴女だけの秘密よ。

 あ、……聞き耳立ててるひとは居ないでしょうね?

 メイドも駄目よ。

 だから、ね(彼女は小声になった)。

 ――私、一度子供流産してるの。

 結婚前に。

 あのひとの子じゃないわよ。

 私達はそういう付き合いはしなかったもの。

 それこそ何かあったら、私の家なんかじゃ、家の中に一生閉じ込められてしまうわ。

 この軽薄娘! 恥知らず! ってね。

 でも違うのよ。

 まだ学校に行っていた頃、私が夏休暇からなかなか戻らなかったことがあったでしょう?

 あの時よ。

 ……そんな顔、しないで。

 お祖母様の別荘にきょうだいで行ったのよ。

 上から下まで。

 森と湖の綺麗なところでね。

 いつも夏になると行っていたの。

 ただ、それが油断だったのね。

 私はつい、子供のつもりで水遊びとかしていたのよ。

 そこを、男の手がさらっていったの。

 誰が、とその時は大騒ぎになったわ。

 私はそれから二日後に見つかったらしいんだけど、その時は熱を出してしまっていて。

 起きたのは見つかってから三日目くらいかしら。

 で、お祖母様は見つかった時の私を見て、何があったのかすぐに察したのよ。

 と言うか、見つけた人、誰でも判ったと思うわ。

 ええ、私はそのさらった者に犯されたという訳。

 犯人はすぐに見つかったのよ。

 森番の息子の一人が、大きな図体なんだけど、少し頭が弱かったのね。

 森番自体はできたので、皆大きな子供のつもりでいたんだけど…… 

 って言うか、元々私達の服、下着って、そういうこといつでもして下さい、と言わんがばかりじゃない。

 確かに、トイレ問題があるから、仕方がないと言えばそうだけど、常に股のところが裂けてるんだから。

 で、その濡れた下着だったから、もう全体が薄赤になってた様よ。

 しかもそれで、その一回…… だか、判らないけど、それで妊娠しちゃったのよ。

 夏休暇のうちにその気配が見えちゃったのね。

 お祖母様はどうしましょうどうしましょう、って大慌て。

 ああその時もきょうだい達は――特にうちは男が多かったから、気付かなかったのよ。

 気付いたのはお祖母様と、古参のメイドだけ。

 お祖父様が生きていた頃だったら、さあ、どうかしら……

 まだお祖母様だけだったから良かったのね。

 どうしよう、とどうもできずにひたすらおろおろしてらしたから。

 だけど私はこのまま産む羽目になっちゃまずい! と思ったの。

 だからもう、神様に背いても、それで死ぬ羽目になっても、何とかしようって、夏も終わり頃の夜の湖に入ったのね。

 で、お祖母様には手紙を書いておいたの。

 こんなことが起きたなんて不名誉には耐えられないから私は死にますって。

 ううん、死ぬ気はなかったわ。

 失敗して死ぬ様な羽目になる覚悟はあったけどね。

 何とかそこは上手くいったわ。

 身体を長時間冷やしたせいで、ちゃんと子供は流れたのよ。

 ただ、それからやっぱり少し静養が必要だ、ってことで、なかなか寮には帰れなかったのね。

 あの時の休みはそういうこと。

 だからね、まあ…… 三年間子供が生まれなかったっていうけど、私が子供ができない体質ではないのよ。

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