子無し離婚の契約も必ずしも悪い訳じゃなかったってわけ。

江戸川ばた散歩

友人の離婚を知らされた私

「え! なんですって! クリーキン子爵が離婚!?」


 帰宅そうそう、私に向かってずんずんと夫のミハイルが近づいてきて、聞いてくれ、と肩をがしっと掴んできたから何だと思ったら……


「そうなんだよ。今日その話が回ってきてな…… ねえソフィヤ、確か夫人は君の友達だろう?」

「そうなのよ…… 学校の寮で一緒だったのよ」


 あああの楽しかった日々!

 あれから大した年月も経っていないというのに……

 外套を脱がせながら、彼は話を続けた。


「何でも、三年子供が生まれる気配が無いから、だと」

「え! そんな…… そんなこと言ったら、うちなんてどうするの、もう五年だけど」

「うん。うちは元々君とだけでも充分だからね」


 そう言って夫は外套で私の手が埋まっているのをいいことに、頬にキスしてくる。


「でも私だって子供が欲しいと思わなかった訳じゃないのよ?」

「判っているよ。でも、君の身体と天秤にかければ、僕は君と一緒にいる方が大事なんだから」

「もう……」


 学校を出た後、私は肺病で少しの間療養所に居た。

 それで住んだから良かったけれど、身体全体がやや弱ってしまって、子供はのぞめない身体になってしまったのだ。

 ミハイルは男爵家の三男で、役所づとめの実直なひとだ。

 私達は彼の実家とは離れて、独立した二人だけの家で生活している。

 けど友人のナターシャは違う。

 彼女は子爵家の跡取りと結婚したのだ。

 軍人の名門に生まれた彼女は、明らかにその健やかな体質から、跡取りを期待されまくっていたのだろう。


「何でも、元々三年できなかった場合には離婚なんだと決められていたらしいよ」

「まあ…… じゃあ今は彼女、実家の方に帰っているかしら」

「だろうね。心配なら訪問するなり、こちらに呼ぶなり、君の友人を存分に励ますといいよ」


 勿論、と私は彼の首を抱いた。



 さてそれからしばらくして、ナターシャがうちにやってきた。


「まあソフィヤ久しぶり! 会いたかったわ!」

「私もよ! ああ貴女が三年間向こうのお家にいらした間、遠すぎて、そうそうお伺いすることもできなくて……」


 子爵の本家はこの広い帝国の中でも首都から遠方にある。

 夫が中央官吏である以上、私はここを離れることはそうそうできない。

 子爵家までは列車で二日はかかる距離だったのだから。

 でも今だったら、彼女の実家もこの首都にある。

 だからこそ手紙一つで昔からフットワークの軽い彼女はやってきてくれたのだ。


「うちだとちょっと今色々うるさくってね。それに、本当言うと貴女が手紙で書いてた様な心配は無いのよ」


 格好は地味になっていたが、表情は結婚していた時より何となく明るい。

 いや、昔よりしっとりとした美しさが勝っている気がする。

 この濃い黒い瞳、やはり黒の艶やかでゆったりとした巻き毛。

 すらりとした背の高い身体。

 学校の頃、皆が憧れたものだ。

 それに比べ、私は……


「あら、その表情。もしかして、私がもっと落ち込んでいると本当に思っていたの?」

「ううん、そうじゃないわ。貴女は…… 切り替えが速いし大丈夫だとは思っていたけど」

「そう。私、ここでだから言えるんだけど、正直、してやったり! という感じなのよ!」


 そしてふふふ、と笑うと肩をきゅっ、と上げた。


「どういうことなの?」

「まあそれはゆっくり」

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