交換日記
菅田山鳩
第1話 交換日記
1日目。
今日から日記を書くことにした。
理由は、僕が生きていたという証を残したいと思ったから。
とはいえ、特に書くことも決まってはいない。
ただ、自分が死んだとき、何もなかったことになるのがいやだと思った。
これ以上、書くこともないので、今日この辺りで終わりにする。
明日も生きていられるだろうか。
2日目。
今日もなんとか生きているようだ。
一階からは、いつものように父と母の怒鳴り合う声が聞こえてくる。
震えが止まらない。
そんなに毎日言いたいことがあるっていうのは、逆に仲が良いんじゃないだろうか、と思っていた時期もあった。
でも、今となってはそれが完全な勘違いだったとわかる。
あれほどまでに憎しみを込めた声を、仲の良い相手には出せない。
二階へ上がってくる足音が聞こえてきたので、今日はこの辺で終わりにする。
3日目。
昨日は、あのあと散々、父に殴られた。
殴られ過ぎて、頭がうまく回らない。
母はいつも助けてはくれない。
僕を殴ることに関しては、父と母の意見はぶつからないようだ。
まぁ、助けてほしいとも思っていないが。
一度、なぜそんなに殴るのかと疑問に思ったことがある。
僕にはまだ、子供はいないが、想像するだけでも可愛く思えて仕方がない。
そんな子供を力いっぱい殴れるものなのか?
やはり、僕のような子供の場合は例外なのだろうか?
自分の中では答えが出せず、父に尋ねた。
父は、何も答えないどころか、いつもより強く僕を殴った。
なるほど、殴ることに理由なんてなかったんだ。
理由さえわかれば、改善できるのではないかと、淡い期待を持っていたのだが、無駄だった。
僕は、期待するのをやめた。
手の感覚がなくなってきたので、今日はこの辺で終わりにする。
4日目。
読んでいた本を床に落としてしまった。
すぐに父がやってきて、うるさいと怒鳴り、僕を殴った。
今日はやけに長いこと殴られた。
殴られているとき、もう痛みも何も感じたくない、怒鳴り声も叫び声も聞きたくないと思った。
そしたら、君が現れた。
君のおかげで、僕は救われた。
君は僕のヒーローだ。
ヒーロー?
それは、言いすぎだな。
俺はただの人間だ。
でも、お前が助けを求めるなら、
俺はいつだって助けにいく。
もう怯える必要はない。
5日目。
学校から帰ると、母に顔を殴られた。
僕が今朝、洗濯をし忘れたのが原因らしい。
夕飯は抜きだと言われた。
昨日の夜に食べた、コンビニのおにぎり以降、何も食べていない。
空腹に耐えきれず、消しゴムを食べた。
細かく切れば、以外と悪くない。
顔はまだ、ズキズキと痛む。
消しゴムなんて、食うなよ。
腹壊すぞ。
もし、また腹へったら、俺に言え。
万引きでもなんでもして、飯取ってきてやるから。
消しゴムはもう食うなよ。
6日目。
今日の怒鳴り合いは、かなり激しい。
耳をふさいでも、無駄だった。
足音が上がってくる。
助けてください。お願いします。
どうか、助けてください。
今日は、やけに怯えていたな。
だが、俺が来たから、もう大丈夫だ。
お前に痛い思いはさせないよ。
ただ、いろんなところにあざができちまった。
少し痛いと思うが、我慢してくれ。
男だろ、メソメソすんなよ。
7日目。
今朝は腕の痛みで目が覚めた。
体のいたるところに、見に覚えのないあざができていた。
そうか、昨日も君が助けてくれたんだね。
ありがとう。
気にすんな。
8日目。
放課後、担任の山本先生に呼び出されて、職員室に行った。
父や母のこと、悩み事なんかを細かく聞かれた。
辛いことがあれば、相談にのってくれるらしい。
けど、何も辛くないです、と答えた。
先生はなぜか、すごく悲しそうな顔になっていた。
明日の放課後、先生が家に来るらしい。
それだけは、絶対にやめて下さいとお願いした。
前に他の先生が家に来たことがある。
あのときは、先生が帰ったあと、何時間も殴られた。
お前が余計なことするから、疑われたじゃないか、と父も母も怒鳴りながら、僕を殴った。
だから、もう余計なことはしないと決めた。
先生はまた、すごく悲しそうな顔になった。
他のクラスの先生も集まってきた。
先生は、僕のことを強く抱きしめた。
抱きしめられているとき、体がポカポカしてきて、なんでか涙が出た。
先生は、大丈夫、大丈夫、と何度も言った。
そしたら、涙がいっぱい出た。
今日は先生の家に泊まりな、と言われた。
僕が、父や母の許可がないと行けません、と言うと、先生はどこかに行った。
先生はすぐに戻ってくると、ご両親には連絡しておいた、と言った。
僕は、嬉しくなった。
お泊まりなんて初めてだ。
先生の家は、僕の家よりも狭かった。
夕飯は、少し焦げたチャーハンだった。
いつも食べているコンビニのおにぎりの方が、
少しだけおいしかったけど、チャーハンは暖かかったから、また食べたいなと思った。
先生と一緒にお風呂に入ったとき、先生は僕の体を見て、ごめんな、と言った。
先生が殴った訳じゃないのに、なんで先生がごめんな、って言うのかわからなかった。
僕は、先生に聞いてみようかなと思ったけど、殴られるかもしれないからやめた。
先生は少し泣いていた。
先生も泣き虫なところがあるんだなと思った。
夜中に、腕が痛くて目が覚めた。
先生は隣でいびきをかいて眠っている。
僕は家に帰ることにした。
明日の朝の洗濯をやらなければ、また母に殴られる。
先生にお礼を言いたかったけど、起こすのは申し訳ないので、音をたてないように外に出た。
もう大丈夫だ。
お前はもう自由だ。
お前に怒鳴るやつも、お前を殴るやつも、もういない。
俺が倒してやったからな。
もう怯えなくていい。
お前は臆病すぎるところがあるからな。
もう少し、自分に自信を持て。
あと、昨日泊めてくれた、あの、何て言ったっけ?
あいつは良いやつだ。
困ったら、あいつを頼ると良い。
これから、お前は普通の生活をおくれ。
そのとき、俺がいると邪魔になるからな。
俺はどっかにいくよ。
もうお前を助けてやれないぞ。
まぁ、お前はもう、一人で大丈夫だろうけどな。
最後に、左手に傷ができてると思うが、痛かったら病院に行けよ。
じゃあな。
9日目。
今朝は、怒鳴り声がしなかったから、少し寝坊した。
僕は、いつの間にか、自分のベッドに寝ていた。
昨日、家について玄関を開けたとき、母が包丁を持っていたところまでは覚えている。
あぁ、死ぬんだな。
死にたくないなと思った。
誰か助けてって願った。
あのとき、君が助けに来てくれたんだね。
君はいつも、僕が辛い思いをしていると、助けてくれたね。
君ばっかりに、痛い思いをさせてごめんね。
いつも助けてくれて、ありがとう。
今度は、君と山本先生を会わせたいな。
だから、また来てよ。
もう痛い思いはさせないからさ。
また、交換日記しようよ。
あと、僕は病院が苦手だから、君が行ってくれない?
ばかやろう。
俺だって苦手だよ。
交換日記 菅田山鳩 @yamabato-suda
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