【KAC202211】なぜ日記がここに置かれている?

宮野アキ

ポエム付きの日記

 とある国に、エルデルと呼ばれている街があった。


 その街には、冒険者ギルドと呼ばれている組織の支店があり、冒険者ギルドは街の住人が依頼を出せば何でも、代わりに仕事を担ってくれた。


 家の掃除や街のゴミ拾いなどの清掃雑務から、他の街に行く時の護衛や危険生物の魔獣討伐などの荒っぽい仕事まで何でも受け付け、その仕事を冒険者ギルドの傘下のギルドやギルドに所属登録しているクラン、又はチームに依頼を出す。


 そんなギルドの奥の席で、冒険者風の恰好をした黒髪、細目で、腰には長物の刀と短刀を腰のベルトに差している男がいた。


 彼の名前はレルン・アイストロ。


 この冒険者ギルドに所属登録しているクラン【六対の翼】のリーダーをしている。


「……これは何だ?」


 そのレルンは、机に置かれている一冊の本を睨んでいた。


「……いつもの定位置に来たらあったこの本は何だ?」


 レルンがいつものように来た時にはあったこの本。


 厚紙の表紙と裏表紙、紐でまとめられた簡単な造りをしているのに表紙には花の絵が描かれ、豪華に装飾してある。


「……ギルドに出入りしている人なら、俺がいつもギルドの開店から閉店までこの席に座っているのは知っているはずだから……ギルドの職員が俺に読んでもらう為にここに置いたのか?」


 そう結論を付けたレルンは、タイトルの書かれていない本をめくった。




889年 懐涙カイルイの節、月の週、月の日


 私は今日から日記を付けようと思う。


 だけど、今日は特に何も無かったので、彼との出会いを書こうと思う――




「…………」


 パタンと、レルンは静かに本を閉じて頭を抱える。


 これ、日記じゃん!!


 しかも字を見る限りでは、この文章を書いたのは女性だよな。


 え!?このまま読み進めても大丈夫なのか?


 ……いや、でもここに置かれてるって事はこの日記を誰かが読んで欲しいって事に違いないしな……とりあえず、読んでから考えるか。


 レルンは改めて日記を開いて読み進める。





 ――彼との出会いはいつも通り仕事をしていた時、二人の仲間を連れて冒険者登録とクラン登録をしに来た時。


 私はいつも通り涼しい顔をして仕事をしていたと思うけど、内心では驚きに満ちていた。


 普通は冒険者登録とクラン登録を一緒にやる事なんてありえない。


 一応、前例がないわけではない。


 冒険者ギルドに所属登録する前から他に傭兵ギルドや商人ギルドに元々登録していたり、冒険者ギルドの傘下の探索者ギルドや狩猟ギルドに加入しているクランが事業を拡大する為に冒険者ギルドに所属登録する事はある。


 だけど、彼らは他のギルドに所属しておらず、何の実績もない新人なのにクランを立ち上げた。


 当時は、このクランはすぐに年会費を払えずに潰れると思っていたけれど、今はもう彼らはこの冒険者ギルドになくてはならない存在になっている。


 これからが楽しみ。





「……俺達以外にもそんな奴らがいるんだな。少し親近感が沸くな……これ、もしかして俺の事か?……ならこの日記はここの職員の物?…………」


 レルンはまさかと思いながら日記を読み進めていたが、職員の可能性が無くなり、安心する。


 理由は日記に一言も自分達の名前が出なかった事、そしてこの日記が途中から日記と名ばかりのポエム集となって来たからだ。


「それにしても、このポエムは凄いな。人に見せるつもりが無いからなんがろうけど……凄いなこれ『王子様が私の人生に彩りをくれた』とかこれを書いた人は今まで何があったんだろうな」


 レルンはそのまま日記を読み進めていった。


……………


………


……


「読み終わったけど……結局、この日記は何だったんだ?」


 日記を読み終えたレルンは、首を傾げながらこの日記を置いた者の事を考えていた。


「……最後の『後輩のせいで仕事が増えた。今日は眠れないかもしれない』って部分が関係してるのかな?」


 レルンは日記が置かれていた理由を考えていると――


「レルンさん、何をそんなに難しい顔をしているんですか?」


 レルンの後ろから女性の声が聞こえた。


 後ろを振り向くとそこには額に緑色の宝石がある種族、宝石人種クリスタルウィルの女性がいた。


カノジョの名前はクララ。


クララはこの冒険者ギルドの受付嬢をしており、レルンが珍しく難しい顔をしていたのでこうして話し掛けたのだ。


「いや、実は今朝来たらこんな本が置かれていて、一体誰が書いた物なのか考えていた。そして、この本を置いた人物は何を考えているのかも」


 レルンはそう言って、日記をクララに見せる。


 すると先ほどまで笑顔だったクララが青い顔をする。


「……レルンさん、それ読んだんですか?」


「え?……あぁ、少しだけ」


 レルンは、クララの豹変ぶりに驚いて咄嗟に最後まで読んだことは黙って、嘘を付いた。


「……本当ですか?」


「ホント、ホント」


 レルンが仕切りに頭を縦に振っているとクララは安堵したようにため息をついて、日記を奪い取る。


「……えっと、クララさん?何を――」


「これ私の日記なんです!!家に忘れたと思ったら、ここにあったんですね」


「――!!それクララさんの!?」


 レルンは先ほどの日記の中身を思い出して、思わず大声を出してしまった。


 そんなレルンの様子を見たクララが、ジト目でレルンを睨む。


「レルンさん、本当にこの日記を少しだけしか読んでないんですよね?」


「ほ、ホントホント」


 レルンが改めて首を縦に振るのを見たクララは呆れたため息を吐く。


「わかりました、信じます。それとレルンさん、今度から知らない物が放置してあったらギルドの職員に連絡して下さいね…………それでは」


 クララはそれだけを言い残してこの場を去っていった。


 そんなクララの様子を見たレルンは、誤魔化せた事に安堵する。



◇  ◆  ◇



「まったく、レルンさんは嘘が下手ですね。あの様子だと多分私のポエムは読まれてしまいましたか……次からどんな顔をしよう」


クララは頬を赤くしながら呆れた表情をしていた。


「でも、あの感じだと最後の空白のページに挟んである手紙は読まなかったみたいでよかった。アレをレルンさんに読まれたら今度こそ、私…………もし、私が渡す勇気がなくってそのままのこの手紙を読んだらどんな反応するんだろ」


 少し、妄想の中に入っていたクララはハッと正気を取り戻して、両頬を軽く叩く。


「とにかく今日も仕事を頑張らないと!!」


 クララはそう言って、小走りで事務室に向かった。




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