第2話 セイランと雄太
気が付くとセイランは白い大きな建物の前に立っていた。
「ここが生者の世界? 紗枝山西小学校……生きた人の子の学びの場ね。なんでだろう……きっと神様のおかげね。知らないはずのこの世界のことがよくわかるわ」
チャイムの大きな音が鳴るとほどなく生きた人の子たちが校舎から出てきた。その中に眼鏡をかけた背の低い男の子がいた。他の子たちと同じように黒い四角い鞄をせおっているが、その白いワイシャツには皺も汚れもなく、清潔感がある。しかし、セイランにはそれがかえって他の子供たちから浮いた印象を与えた。
「あの子だわ。ケンイチさんが生まれ変わったらお兄さんになる雄太くんは」
セイランが木の陰に隠れて様子を見ていると、眼鏡の男の子――雄太に長身の男の子と丸々と肥えた男の子が駆け寄ってきた。
「雄太、今日一緒にザリガニ取りに行こうぜ!」
長身の男の子が雄太に笑いかけ、隣で肥えた子が「知っていたか? ザリガニって食べられるらしいぜ?」と自慢げに丸っこい鼻を膨らませた。
そんな二人に雄太は迷惑そうな目を向け、それから慇懃無礼ともとれる態度で申し出を断った。
「二人に誘ってもらってすごくうれしいよ。けれど、申し訳ない。君たちとは違って、ぼくは忙しいんだ。今日は遊びに行けない。またの機会によろしく頼むよ」
二人組は一瞬顔をしかめた。しかし、すぐに何事もなかったかのように冗談を言い合いながら駆けて行ってしまった。
その様子を見たセイランはたまらず、雄太に駆け寄った。そして、怒りでほほをひくひくさせた。
「君、雄太君よね。これからケンイチさんのお兄ちゃんになるかもしれないっていうのに何なの? あなたみたいな人のところにケンイチさんを生き返らせるなんて嫌だわ」
雄太は豆鉄砲を食らった鳩のような顔でセイランを見た。しかし、それはすぐに冷ややかな視線に変わった。
「だれだよ、あんた。うざい」
乾燥した風が駆け抜けていく。校庭から運ばれてきた砂が肌にあたり痛覚を刺激しても二人は互いから目を離さない。
先に沈黙を破ったのはセイランだった。
「ごめんなさい。つい……」
セイランは顔が熱くなるのを感じた。すぐに深呼吸し、頭を冷やすと意識してやさしい眼差しを雄太に向けた。
「あのね、信じてもらえないかもしれないけれど、もうすぐ生まれるあなたの弟はケンイチさん――わたしの恩人の生まれ変わりなの。わたしはコウノトリといって、あなたたち家族が新しい命にふさわしいと判断したら、この『人生』という本を渡すのが仕事。ようするにケンイチさんの魂をあなたの弟に引き継ぐの」
「ふぅん」
雄太は足元に落ちている石を拾った。そして、振りかぶるとセイランに向かって投げつけた。
石が腹に当たり、セイランはうめいた。
雄太はセイランに向かってさらに言葉の矢を射った。
「弟なんて生まれてこなきゃいいんだ」
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