壮大でもないし何も始まらない

ひなみ

続かない!

 真夜中。

 ふと目が覚めた俺は、先日死んだじっちゃんの言葉を思い出せそうだったのだが、今日もダメだった。確か出会いと別れがなんとか……だった気がするんだがな。まあ今は深く考えなくてもいいだろう。


 そんな事よりだ、世界最強王選手権がついに開催される。その全貌ぜんぼうはいまだ明らかにはなっていないが、最強という言葉に強く惹かれる。それだけでこの心が十二分に満たされるのは間違いないだろう。

 推し活中の地下下水道アイドル、キョーコちゃんにこの勇士を見せるべく、俺はこの大会で必ずや優勝をする! そしてドブ臭い彼女にこう言わしめるのだ『私だけのヒーローになって!』と。


 某御大おんたいのラノベのような分厚さの日記帳の殺傷力と防御力。そしてそれぞれを左右の手で持った、いわば二刀流スタイルでまだ見ぬ強敵達を打ち砕いてみせる!


「おにー……ちゃ、ん。もう起きてるの? めずらしい事もあるね」

「ああ、今日ばかりは寝過ごすわけにはいかないからな!」

「何だかはりきっちゃってるねぇ。朝ごはんできてるから、冷めないうちに降りてきてね?」


 炭火のいい匂いがすでにここまで立ち昇ってきている。

 俺はすぐさま手すりを滑っていくように階段を駆け抜け、リビングへダイビングをかますようなイメージをしたまま、ゆっくりと普通に歩いていく。アニメじゃあるまいし、こんな所でケガをしてはつまらないからな。

 食卓にはやはり焼き鳥が並んでいた。朝はやっぱり鶏肉からだろう!


「むぐむぐ……。今日もねぎまがうまいぞ妹よ!」

「あっそう。朝から準備するの大変なんだよ。それこそ猫の手も借りたいくらいにね」

 妹は両手でにゃんにゃんポーズをして言った。そこまでするならネコミミと尻尾もつけろよ半端者がと言いたかったが、やめておく事にした。


「そうか……いつもすまないな」

「べ、別に、お兄ちゃんのためじゃないんだからねっ!」

 彼女は急に腕組みをしてツーンとする。

「じゃあ誰のためなんだ? まさか男か!?」

「お兄ちゃんは男だから、そういう事になるね……。どう、嫉妬した?」

「いや別に」


 特に中身のない会話をウォーミングアップのようにこなし妹に見送られる。俺は発射台から勢いよく撃ち出された大陸間弾道ミサイルのように家から飛び出す想像をしながら、ゆっくり徒歩で駅を目指す。ちなみに会場までは2駅の距離だ。

 電車に乗り込むと空席まで近づき、腰掛けるような動きからのスクワットを始める。ちなみに人間足腰は資本だとケインコスビも言っている。

 だが事件は1駅を過ぎた所で起こった。


「――です」

「誰だ!?」

 その時、俺には電流が走った。声と思しきそれは確かに頭の中に響いたのだ。

 これはまさか第6感と言うやつなのではないか? まずは慌てず焦らず段々と聞こえてくるその言葉に耳を傾けてみよう。


「――明日です」


「――催日は明日です」


「世界最強王選手権の開催日は明日です」


 マイガッ、なんてことだ! しかしさっきの、思い返せば返すほどじっちゃんの声に似てたな……。まさかな。


「『この距離なら歩けばダイエット駅』に到着しまーす。ご乗車ありがとうございました」


 ひとまず電車を降りて近くのベンチに座り、心の声で語りかけてみる。


「もしかして……あなたはじっちゃんですか?」

「違いますぅー☆」

「88でおっんだジジイの方ですか?」

「なんじゃその口の利き方は!!!!」


「「あっ……」」


「じっちゃん今どこから……?」

「実はの、ちょいと頼みたい事があってのぅ」

「そう言われても大会前だしな」


「まあまあ。こっちの世界が大変なことになってしまっての。ちょっとだけでいいんじゃが、来てくれんか?」

「もしかして、じっちゃんって異世界の女神的なポジションか!?」

「うむ。見た目も女子おなごのようになっておってな。おまけに非常に際どい格好をしておる……」


 それは是非拝んでおきたいものだ。


「大好きなじっちゃんの頼みを断れるはずがないだろ。俺行くよ! いざとなればこの日記が守ってくれるだろうしな!」

「それは持っていかんでいい」


 こうして俺はとある異世界を救う事になるのだが、それはまた別の話!

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壮大でもないし何も始まらない ひなみ @hinami_yut

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