第12話 噂話
お父様の質問に、私はどう答えたらいいか、と思考を巡らせた。
つまりは、お父様はダモニア様に対する私の印象を聞きたいのだろう。
まあ、利用するとしても人格を知っておいた方が、うまく利用できるだろうし、そのような情報は必要なのかもしれない。
「そうですね、ダモニア様は挑発的な一面も持っていますが、正論で押し通せば簡単に押し負けるだろう、という印象は受けます。」
私は、ダモニア様の印象を簡潔にまとめてお父様に報告した。
しかし、お父様はちょっと違う反応をしていた。
私の答えは、お父様の意図に沿っていなかったようだ。
お父様は少し悩んだのち、口を開いた。
「チトリスは知らないようだが、近頃ある噂話があるんだ。」
お父様は、そう言って短い話を始めた。
「貴族間で、チトリスがダモニア王子の婚約者候補に入っているのではないか、という噂があるんだ。近頃チトリスが情報収集のためにダモニア王子のもとに通っているからだろうが。」
つまり、お父様はそういう噂話をどこかしらで聞き、私の気持ちを知ろうとしたのだろう。
それこそ、娘の気持ちを大切にするお父様のことだ。
私が、ダモニア様との婚約でも望めば、どうにかしてそれを実現させようとするだろう。
本音を言ってしまえば、何とも思っていない。ただの情報源である。
しかし、私だって人の心は持っている。
ダモニア様だって、はじめこそ挑発的で嫌な印象を受けたが、少しの時間を過ごしていて、ダモニア様の本質はそこにないということが分かった。
ダモニア様は、野性的ではあるが、好奇心旺盛で共にいて楽しい。
だからこそ、情報源として使い捨てることはしていないのだ。
「で、チトリスはその噂に対してどう思う?やろうと思えばその噂の発信源もろとも消し去ることもできるし、噂から事実へと変えることだってできるが。」
うん、何となくお父様が恐ろしいことを言っているような気がしてしょうがない。
まあ、お父様の発言は私の予想通りだった。
お父様が私が思ったこと、そして要望をそのまま実現させようとしてくれているのはよくわかるのだが、私にはそこまではっきりした要望がない。
「どう思う、と言われましても、そう思うんだったらそう思っておけばいいんじゃないか、くらいしか思いませんが。」
私としてはこの答えに尽きる。
噂話はどうやっても噂話のままだ。
お父様は発信源自体を排除しようか、とも提案しているが、お父様が今回の噂話の発信源を排除したとしてどうなるだろうか。
私が同じような行動を続ける限りは今回のような噂話は絶えないだろう。
だから、自分に害がなければ噂話など放っておいて大丈夫だ。
それに、ダモニア様、この国の第二王子殿下が関わっている以上、程度を超えればすぐに何らかの形で対処されるだろう。
わざわざ私がでしゃばる必要などはない。
まあ、ここから私についての悪口にでもなって、私が恨まれるようなことにでもなってきたら対処すべきだろうが、このままならば問題はない。
そう、思っているのだが、お父様はそう言う答えを待っていたわけではなさそうだった。
お父様としては、私とダモニア様に婚約してほしいと思っているのだろうか。
やはり、相手はこの国の第二王子。
今まであまり表豚に姿を現さなかった存在ではあるものの、立場はある。
だからこそ、王家と公爵家のつながりを作りつつ、我々にとって優位に事を進めるならば、私とダモニア様の婚約はもっともやりやすい方法ともいえるだろう。
野心的な一面も持っているお父様ならば、そのあたりまで考えているかもしれない。
もし、急に王族に婚約を申し入れたのであれば、公爵家であったとしても悪評は免れないだろう。
しかし、噂話をうまく利用すれば、我々が急に婚約を申し込んだ、という印象よりも、その前に話されていた噂話の印象の方がほかの人たちに残り、悪評はつきにくい。
お父様ならばそこまで、いやそれ以上に考えていても一切おかしくない。
「そういえば、もう一つ、伝えておかねばならないことがある。」
お父様は、一気に身にまとう雰囲気を一変させた。
先ほどまでよりもさらに真剣で、慎重な様子だ。
獲物が罠にかかるかを見張る狩人のようだった。
「お前に婚約者となってほしいという書状が一つ届いてきている。チトリスはまだ来ないかと考えていたんだが、かなり早くから送ってくるものもいたようだ。」
お父様は、なんてこともないようにそう言った。
「せっかくだ。ダモニア王子にこのことについて相談しなさい。きっといい相談相手になってくださる。その結果を私に報告してくれ。しかし、ダモニア王子以外に話してはならない。」
お父様は、最後にそう付け加え、今日は解散とした。
しかし、何故お父様はダモニア様以外には話してはいけないと言われたのだろうか。
私にはお父様の意図が理解できなかった。
翌日、いつも通り王城に出向いた。
そして早速、ダモニア様に昨日のことを話した。もちろん、婚約関連のことだけである。
「チトリス、その貴族は誰なのか分かっているのか?」
ダモニア様は完全に据わった目で、そう尋ねられた。
そういえば、お父様から相手については何も聞かされていなかった。
私が、何も知らないことを伝えると、ダモニア様は考え込み、結果としてこんなことを言われた。
「わかり次第、伝えてくれ。その貴族を家ごと潰……いや、素性を暴……でもなくて、調べておくから。」
私としては、はぁ。と頷くだけだったのだが、お父様にダモニア様の反応を伝えると、何やら嬉しそうだった。
因みに、少ししてからその話は水面下で無きものとされたらしい。
―――――――――――――――――――――――――
あとがき
―――――――――――――――――――――――――
こんにちは、万号です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
このお話で、「切裂の王子編」は完結となります。
この後は一旦本編から外れたところのお話が入って、その後に新しい章へと入って行きます。
魔属性の権能は、今のところ三つしか名前が出ていませんが、最終的にいくつまで増えるのでしょうか。これから出てくるのはどのような権能なのでしょうか。
そして、ダモニア王子の気持ちの行方にも注目です!
では、また次のお話でお会いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます