第8話 書庫
私は今、王宮にある書庫に来ている。
ダモニア王子の協力を得られるようになったため、限られた人しか見られないはずの書庫を特別に見せてもらえることとなったのである。
流石に禁書を読むことまでは許可されなかったけれど、書庫には魔属性の権能についての情報も多くあるということで、かなり重要な情報源となってくれるはずだ。
「ここが、マルティアル王国の中で二番目に重要な情報が溜め置かれている、王宮書庫だ。」
私は、ダモニア王子の案内で、この書庫まで来た。
そして、その蔵書の量に圧倒されている。
そこは、かなり狭い空間ではあったが、壁を見れば書物ばかり。
本当の壁など見えそうにもないほどだった。
しかも、壁にある分だけで凄いのだが、床にもまた開けられるところがあって、その中にも書物があった。
どれだけあるのだろうか。これなら、魔属性の権能についての情報も、さぞ多く手に入るだろう。
私は、今から期待に胸を膨らませていた。
「この辺りが、魔属性に関連する書物だな。」
王子が、二つの棚を指しながらそう言った。
「では、片っ端から読んでいきましょうか。」
「ああ。」
こうして、静かに読書タイムが始まった。
これから数時間はこのままの状態が続くのだろう。
王子が示した場所は、全体から見れば少なく見えるものの、含まれる書物の量は膨大なものだった。
もちろん、一日で読み切れるような量ではない。
これから毎日でも通い続けて、いつかは読み切りたいところだが。
「本を読むのは疲れるな。そうは思わないか、チトリス公爵令嬢。ん?返事がないな。集中しているのか。」
王子が、まだ三十分と経っていないはずなのに弱音を吐いていた。
話しかけられたが、今は集中しているということで無視させてもらう。
今のうちに出来るだけ多くの情報を頭に叩き込んでおかなければならないのだ。
雑談をしている暇など、私には残されていない。
「どうだ、チトリス公爵令嬢。ある程度は読めてきたか?一旦休憩しないか?返事がないな……」
流石に王子が可哀想だったので一旦書物を置いて、休憩することにしよう。
やはり、野性的な見た目の通り、活発的な性格のようだ。
実際、大人しく書物を読み続ける、という行為は苦手なのだろう。
「では、王子殿下。一旦ここを出て、情報共有を致しましょうか。」
私が、そう提案すると王子は目をキラキラさせて そうだな! と頷いた。
私と王子は先ほどまで読んでいた書物類を素早く片付けて、客間へと移動した。
そこは、ダモニア王子が使ってもよいと言われている部屋だそうで、先ほどの書庫とは比べ物にならないほどに広かった。
しかも、調度品はどれも高級品で、クラディエル公爵家でさえも手に入れられないような高価なものもあった。
こういうところでは、クラディエル公爵家も王族に勝てない。
魔術を使った戦いとなれば、クラディエル公爵家にも勝機があるが、経済力のような点では勝てそうになかった。
「で、何か今までには知らなかった何かを知ることは出来たか?」
侍女が用意してくれた紅茶を一口飲み、王子が尋ねる。
私は、大きく頷いた。今回は、収穫が多い。
「ええ。今までには聞いたこともなかった覚醒宣言についても知ることが出来ましたわ。でも、ほとんどは読めなくなっていましたので、すべてを確認することは出来ませんでした。それに、魔属性の権能の中でも、書物に名前が出てきていたのは三つだけでしたし。」
私は、書物を読んで初めて覚醒宣言というものを知った。
しかし、〝絶死〟の権能の覚醒宣言はその書物には書かれていなかった。
そもそも、魔属性の権能の名前はそう多くは出てきていなかった。
「まあ、そうだな。魔属性の覚醒者は王国として保護観察下に置く、というのが法に定められているが、実際、魔属性の覚醒者はそう簡単に見つからない。今までに見つかって、記録されたのがその三つなのだろう。私が記憶している限りでは、〝絶死〟〝切裂〟〝城塞〟の三つだな。」
おお、流石は王子殿下。三つすべて覚えているとは。
確かに、その三つだったと私も覚えている。
しかし、この三つの名前を聞いて一つ疑問に思ったことがある。
「ところで、〝城塞〟の権能はどのような権能なのですか?私の詠んだ書物には書かれていなくて。」
私は、一応なので王子殿下に〝城塞〟の権能の内容について尋ねてみる。
もし、私の予想通りの答えが返ってきたら、私の疑問はさらに深まるだろう。
「魔力を利用して大壁を作りだし、その空間をすべてから守り切る城塞とする。それが〝城塞〟の権能だったはずだ。」
王子殿下は、記憶をたどるようにして空中を見つめながら、そう答えた。
やはり、おかしいのではないか。
「王子殿下は、この前、『魔属性の権能は終焉への片道切符だ』とおっしゃいましたよね?」
「ああ、そうだったな。今ではその考えも揺らいでいるが。」
「では、人々を守ることのできる、〝城塞〟の権能もまた、終焉への片道切符なのでしょうか。」
「………!」
王子殿下が、何かに気づいたように顔を上げる。
私の言いたいことが伝わったようだ。
今まで、魔属性の権能というのは悪である、という考えがあった。
しかし、〝城塞〟の権能のように人々を守れる、正義の象徴のような権能もあるのだ。
これは、これまでの魔属性の権能の概念がひっくり返りそうな予感がする。
「これは……これは、重要な発見につながるかもしれない。」
王子殿下が何やら考え事をしながらそうつぶやいた。
私も、無意識に口角が上がる。
「また明日、もう一度書庫に訪れてもよろしいでしょうか。」
「ああ、もちろんだ。私も同行する。」
こうして、すぐに次の予定が決まった。
次の日、私はまたも書庫の書物を読み漁っていた。
王子殿下も、時々ため息をついてストレッチをしていたりするが、昨日よりは集中して本を読めている。
希望が見えてくれば、それだけやる気も出てくるというものなのだろう。
私と王子殿下は、二時間ほど書物を読み続けた。
そして、王子殿下が急に声を上げる。
「見つけたぞ! 見てくれ、チトリス。」
王子殿下はそう言いながら、私のところに走ってきた。
あれ、私の呼び方が王子殿下の中で変わっている。
「あ、すまない……チトリス。少し興奮してしまってな。」
王子殿下が急いで訂正している様子に、私は笑いが込み上げてくる。
王子は肩を震わせて笑いをこらえている私を見て、むすっとしていた。
「フフッ……チトリスでもいいですよ、王子殿下。」
私が言うと、王子殿下は少し目を見開いてから、さわやかな笑顔を見せた。
「そうか。なら、私のことも名前で呼んでくれ。チトリス。」
「ええ、わかりましたわ。ダモニア様。」
私たちは、向かい合い、笑いあった。
「ところで、見つけたというのは何なのですか?」
私は、少しの間笑ったのち、もともとの話題に戻す。
まあ、実際王族以外の人間が普段から王族を名前で呼べるというのはかなりまれなことだが、それ以上に今重要なのはこちらの方だ。
「ああ、そうだったな。この書物を読んでいて、魔属性の権能が原初のものを除いて、大きく二つの種類に分かれていることが分かったのだ。そのことは、先ほどの疑問のヒントになるはずだ。」
ダモニア様はそう言って一つの書物を掲げる。
そして、説明を始めた。
「まず、原初の魔属性の権能が、数千年前に大賢者クラディウスによって生み出された、とここには記されている。その権能の名称は記されていないが、それこそ終焉への片道切符のような、権能だったらしい。」
ダモニア様は、書物の各部分を指しながら、ゆっくりと説明を続ける。
「そして、大賢者クラディウスは、人間の醜さが極点に達した時、その権能を用いて世界を滅ぼそうとしていたらしい。しかし、自分の死が近づくと、自分の弟子たちにその遺志を継いでもらおうとした。それで、その権能の覚醒者が世代交代をしながら現れるように儀式魔法をしたのだが、弟子に自分の考えを伝えることは出来ないまま、大賢者クラディウスは亡くなった。」
私は、ダモニア様の話に聞き入り、興味を持って聞き続けていた。
「大賢者クラディウスの弟子は、二人いた。ラミアラとマルティアルだ。二人は、師が残した権能の研究を見て、師が世界の滅亡を望んでいた、と勘違いした。そして、ラミアラは師の遺志を継ぐべく世界の滅亡を促進するような権能を作り出し、世代ごとに覚醒者が現れるようにした。それが、今の〝絶死〟や〝切裂〟の権能だ。しかし、マルティアルは師の遺志を継ごうとはせず、世界の終焉をどうにか止めるために世界を守る権能を生み出し、覚醒者が現れるように儀式魔法をかけた。それが、今のところ分かっている限りでは〝城塞〟のような権能だ。どうだ、なんとなくわかってきたんじゃないか?」
ダモニア様は、流石に疲れたようにふぅ、と息をつきながら座り込んだ。
私は、かなり興味深い話を聞けた、と喜んでいた。
ここまで有益な情報をすぐに得られるとは。やはり、ダモニア様のような王族とのかかわりは持っておいた方がいい。
「さすがはダモニア様ですわ! こんなに早く情報を得られるなど。」
私が褒めると、ダモニア様は快活に笑い、まあな、と言っていた。
その笑顔は、はじめに会った時とは全然違っていて、明るく、楽しそうな笑顔だった。
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