第7話 王子
ダモニア王子の表情が、一瞬の間、ただの「無」となった。
そして、そのまま驚愕へと移っていく。
「あの時の詠唱は、お前だったのか?!」
王子が大声でそう叫んでから、すぐに周りを見回した。
流石に大きな声を出しすぎたと思ったのかもしれない。
しかし、使用人や騎士たちは流石に盗み聞きするような人たちではなかったらしく、誰にも聞こえていないようだ。
私としても今のところは隠しておくつもりなので、バレないほうがいい。
ダモニア王子に私の魔属性の権能について話したのは、王子からの認識を新たにしてもらうためだ。
お父様なら、ダモニア王子ともあっていたはずだし、うまく利用することもできるかもしれない。
しかし、私の場合は、ダモニア王子が先日の襲撃事件の犯人である、ということをお父様から聞いただけ、という認識だろう。
その認識を、襲撃事件の生き証人である、という認識に変える必要があるのだ。
私が〝聞いた〟か、〝見ていた〟のかでは大きな差がある。
私が王子を利用するのなら、その点で自分が王子の悪事を知っているし、証言することもできる、ということを王子にははっきり理解しておいてもらわなければいけない。
「では、お前は〝絶死〟の権能――魔属性の権能の中で最も世界の平和から遠いとされる権能を持っているのか?」
王子の発言が少し気になったけれど、一旦無視して問いに答える。
「ええ、私は少し前に〝絶死〟の権能を覚醒させました。」
私としては、この権能だって世界平和のためにも利用できる気がするのだが、まあ、内容だけ聞けば世界の平和から最も遠いのかもしれない。
これを使えば、王族を皆殺しにすることだってできるのだから。
「では、ここで私を殺そうとすれば、お前にはできるわけだな。」
王子の口調は、今までになく慎重なものになっていた。
実際、自分の目の前の人物が自分を殺せるとわかったのなら、少しはおびえるものだろう。
しかも、先日の襲撃事件にて彼の〝切裂〟の権能は私の〝絶死〟の権能に敗れている。
自分が実力行使をしても勝てない相手であるということはしっかり認識しているのだろう。
「ええ、できます。ですが、そんなことは致しませんよ。私は、この権能を有効活用したいと考えているのです。」
王子が、今度こそ驚いた表情を浮かべていた。
先ほど、王子は魔属性の権能を、終焉への片道切符だといっていた。
そもそも、有効活用しようなんて考えたこともなかったのだろう。
しかし、奇抜な考えこそ、時に大発明を起こすはずだ。
「権能を、有効活用だと……?そんなことできるわけないだろう。私の権能だってそうだし、お前の権能は特にそうだ。有効活用などできやしない。」
王子は、そう断言した。
王子としては、私を否定したつもりなのだろう。
私の意見を、私の考えを。
しかし、王子は自分のことばから導き出されることを、わかっていない。
「では、王子殿下はいつまでも無能でい続けるということでよろしいでしょうか。」
「は……?!」
私の問いに、王子殿下は答えられないようだった。
先ほどの慎重さはどこへやら、かなり苛立っておられるようだ。
「だって、そうでしょう。王子殿下、さきほどおっしゃいましたよね?自分は、役立たずにしかなりえない、と。それは、〝切裂〟の権能をただの魔属性の権能だとしか考えていないから、そういう結論になるのですわ。有効活用できれば、それだけで役立たずではなくなります。立派な国力となり、皆に誇れる王子となりえましょう。」
私がそういうと、王子殿下ははっとしたように私を見て、確かに頷いた。
その眼は先ほどのように哀しげではなく、希望の光を見たかのようだった。
「そうか、チトリス公爵令嬢。……礼を言う。私は、いや俺は、間違っていたんだ。この力を、活かすことなんて考えていなかった。それではいけないのだな。」
王子は、雨がやみ、雲が晴れた青空のように、輝かしい笑顔を浮かべていた。
今までに見た中で、最も自然な笑顔だと思う。
このまま、いい感じに押し切らせてもらおう。
「では、王子殿下。私と共に魔属性の権能を、活かすための研究をしていきましょう。我らがマルティアル王国を繫栄させるために。そして、何より王子殿下が誇りを取り戻せるように。」
「ああ! これからもよろしく頼むぞ、チトリス・クラディエル公爵令嬢。」
これで、私たちの協力関係は築かれた。
これからの私の魔属性の権能の研究は今までよりもさらにはかどるようになるだろう。
何せ、王子殿下という強力な後ろ盾を得たのだから。
それこそ、禁書などを読むことだっていずれは出来るようになるかもしれないし、クラディエル公爵家でさえも手に入れられないような情報を、王子殿下は持っているかもしれない。
これからが楽しみになってきた。
「あ、言い忘れておりましたが、王子殿下。我々クラディエル公爵家は王子殿下を許したわけではなく、ただ帰した〝だけ〟です。それをお忘れなく。」
私は、そう言って退室した。
最後、王子殿下にお辞儀をしたときには、王子殿下は苦笑いをしておられた。
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