第3話 訓練
私は、物質として残ることもなく霧散した的を見て、改めてこの権能の恐ろしさを知った。
私が本気になれば、お父様だってこうなってしまうかもしれないのだ。
しかし、この権能は、人を、生物を即死させるわけではないということもわかっている。
ほとんど一瞬で物質ではなくし、霧散させてしまっているものの、一応は段階を踏んでいる。
まず、生命を持つ者であれば、その細胞なり臓器なりの活動の停止が初めに来る。
そして、その体を構成するすべてのものの魔力への還元。
最終的に空気へと溶けていき、霧散する。
これが、ほぼ同時に行われているのだが、お父様はこれらをひとくくりにして考えるのではなく、一つ一つの減少に分けて考えたそうだ。
そして、それぞれの段階で、権能の力を超えるほどの強力な治癒の力が働けば、生命を維持することが出来るという考えに至った。
しかし、そんな強力な治癒魔法は、簡単に行使できるものではない。
それで、先日も使った模擬戦用のフィールドで実験を行うことになった。
私は、お父様に連れられてフィールドへと向かう。
流石に、お父様のように死んでしまってはいけないような人を相手に実験を行うことはしない。
今回実験に使わせてもらうのは、不死身の魔物〝
この魔物は、どんな攻撃を当てたとしても一度死んで、その後に生き返る。
私の権能をぶつけてもいいというわけだ。
「よし、では始めよう。」
お父様が魔物を準備して、そう言った。
「空気は燃え、大気は輝く。五段錬金~開~」
お父様が詠唱を始めた。
私の権能が他の場所に影響を与えないようにするため、防御結界を張るためだ。
「現れ、纏わりつき、護れ。岩のような硬さを持ち、大樹のような丈夫さを持ち、炎のように大きくあれ。死をも恐れぬ大壁は大気と共に。」
「空の権能をわが手に。〝
お父様の声で、周りに魔力反応が現れる。
しかし、その反応はすぐに霧散した。
緻密に作られている結界は、その存在こそ感知しずらいものだ。
またも、恐ろしいほどの多重垂直詠唱。
空属性の基本詠唱に岩属性、木属性、炎属性、そして空属性の補助詠唱を付与した、高威力魔術。
しかも、今回は詠唱が改変されている。
この魔術の本当の詠唱は、また違ったもののはずだ。
お父様は魔術の研究をしているために、他の人よりも魔術の知識がある。
しかし、ここまで魔術について熟知し、新たな魔術を作れるようになっているとは。
「〝絶死〟の権能の特徴をもとに、完全な防御壁を作り出した。これで思う存分権能を揮えるぞ。」
お父様がそう言って、結界の外に出て行くのを私は確認して、詠唱を開始する。
お父様が大丈夫だといったのならば、大丈夫なのだろう。
「空気は冷え、大気の輝きは失われる。陰影錬金~魔~!」
黒に近い紫色の魔力が放出され、私の足元に魔方陣を象っていく。
「止めろ、震わせ、撃ち落とし、押しつぶせ。魔物の力を吸い、押し殺せ。」
「〝絶死〟の権能をわが手に。〝
見えない力が、魔物へと殺到し、魔物の動きを止める。
そして――――
何も起こらなかった。
私はそれを確認すると、その場で魔術を解く。
すると、魔物は普通に動き始めた。
先ほどと同じだ。
「やはり、強力な治癒魔法がかかっている場所では〝絶死〟の権能も意味をなさなくなるようだな。」
お父様がそう言いながら先ほど自分で張った結界の中に入ってきた。
既に安全であることがほぼ証明されたからだろう。
私は、お父様に対して強く頷く。
しかし、これによって何が改善されたのだろうか。
私の頭の中に、疑念が浮かぶ。
そもそも、この場で権能が無効化されたのは、とんでもなく強力な治癒魔法がかかっているからであって、それはここがクラディエル家だからだ。
普通、家に強力な治癒魔法がかかっていることもないし、自分自身に対して常に治癒魔法をかけていられるような人間などほとんどいない。
お父様ならば普通のことのようにやってしまったりもしそうだが。
つまり、〝絶死〟の権能を無効化する方法が見つかったからと言って、改善となってはいない。
これは、ただ単なる情報収集にしかなりえないのだ。
ここから、情報を発展させて、改善策という結果を生み出す必要があるだろう。
そのあたりについては、私が協力できる部分はかなり少ないはずだ。
研究者であるお父様やその補佐を長年続けてきたお母さまならまだしも、私はそのあたりの知識についてはそこまで持っていない。
座学として学ぶ範囲のことはある程度知っているのだが、それくらいだ。
「このデータから、〝絶死〟の権能を完全に無効化する装備などを作れれば―――」
お父様が何やら難しい話を始めながら邸宅の方へと戻って行かれた。
私も、少しは自分の持つ権能について考えながら、邸宅へと戻って行く。
来年からは国立の魔術学校に通うことになる。
そこに行けば、ある程度の知識は得ることが出来るだろう。
その時まではこの権能を暴走させないように注意しながら、対策についてはお父様に任せておこう。
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