第8話 今更な真実

「そう。あのときは本当にごめんなさい。..................あのとき、涼矛とお別れしたのは............。お別れしなきゃいけなかったのは......私の実家に強制されたからなの!」


「あ、うん、そうなんだ」


僕の淡白な反応にも滅気ずに話し続ける。


「私の実家が不動産会社を経営してるのは知ってるよね? でも最近、うちの業績があんまり良くなくって......。それで、端月はしづき家っていう業界最大手の不動産会社と提携させてもらうって話が持ち上がったんだけど......。先方は、提携のためには血の繋がりがほしいって言ってきて......。それで一人っ子の私は付き合ってる彼氏と別れてそこの息子と結婚しなさいって............」


「なるほど、そうなんだ。それは可哀想だね」



凄い溜めてから、文節ごとに間を取りつつ、あたかも『衝撃の事実!』ってな様子で語られたけど、まぁ別にそんな驚くようなことでもなかった。


っていうかどうでもいいことだった。

今の僕からすれば他人の過去の話でしかない。


僕の家も明陽恋めいこの家も普通の一般家庭だし、そういうしがらみはないからあんまりわからないけど、この時代にもまだそういう政略結婚なんてあるんだなぁ、って。


感想としては、言った通り『可哀想だね』って感じ。


あとは、当時の僕にそのこと話してくれてたらよかったのに、っていう若干やるせない思い。

何年も一緒に過ごしてきたのに、その程度の信頼すら築けていなかったんだっていう物悲しい気持ち。


ただ、当時話されてたからといって、具体的に素晴らしい解決策を出せたということも無いだろうから、なんとも言えない。

それでも、あの頃の僕なら、その話を聞いてれば妃依瑠を連れて駆け落ちくらいしたかもしれない。


まぁ、そういう感傷はありつつも、今となっては本当にどうでもいい仮定の話だ。

むしろ、この場所に来るまでにちょっと恐れてた『明陽恋だけに注いでる愛情が少しでも揺らぐ可能性』には一切届きそうもないことが確認できて安心したくらい。


どっちかと言えば、さっきから僕の隣で眉1つ動かさず圧力の篭もったニコニコ笑顔の明陽恋の方が怖いまである。



「それで、両親には嫌だって言ったんだけど結局ダメで......。お母様に『今の彼氏が変な気を起こさないようにこっぴどく振ってきなさい』って言われて......それで......。ごめんなさいっ!」


「そっか、うん。なんていうか、どんまい?」



素直な気持ちで出た言葉だった。

なんとも自分でも形容しがたいけど、『あのころ事情を教えてもらえなかったこと』への若干の苛立ちはあるものの、基本的に怒りとか憎しみみたいな感情は湧いてこない精神状態。


なにか言いたいことも特には出てこない。

強いて声をかけるなら、「どんまい」というくらい。それだけ。


だけど妃依瑠はそんな僕の声掛けがあまりに気に入らなかったらしく。


「......なんか反応薄くない?」


「ん? そうか?」


鼻水をすすりながら話している妃依瑠に対して、真顔でそっけない反応の僕と、相変わらず一言も発さずに笑顔を絶やさないで座っている明陽恋。

やっぱり妃依瑠は、僕のもっと劇的な反応を期待していたようだ。


結構妥当な反応だと思うけどなぁ。

なんだ、妃依瑠のやつ、僕がめっちゃびっくりして、「そうか、なら仕方なかったな」とか涙ながらに受け入れる的なシーンを想像してたのかな?



「そうだよっ。......でも涼矛すずむが怒ってるのも無理ないのは理解してる。急にあんなふうに別れを切り出して、1年半も音信不通で、それで今更出てきて、謝って許してもらおうなんていうのもムシが良すぎる話だってのもわかってるつもり!」


「うん、そうなんだ」



その通りだね。

それがわかってるなら来なきゃよかったのに。


っていうか、そういう状況なら、なんで今さらわざわざ僕のところに謝りに来たんだろうか?

それで万が一、僕が妃依瑠を取り返そうなんて思ったりしたら、向こうの親御さんは怒るんじゃないか?


なんのためにわざわざ僕を悲しませるような振り方をしたんだよ、ってならない?

いや、別に大して興味もないけども。



「でもね。偶然だったけど、涼矛がまだ私のこと待ってくれてるのかもしれないって知って............それで私、いてもたっても居られなくって!」



............?

なんの話だろう?


待ったりしてないけどね?

心当たりがありませんねぇ。

振られて2ヶ月後には明陽恋と呑みに行ってヤって、ぼちぼち割り切ってたと思うけど?



「それで............。それで、もし涼矛が許してくれるなら、私、涼矛と一緒に生きたいの! 私と......私と結婚してくれませんかっ!?」


「「..................ん?」」



僕だけじゃなく、さっきまで表情が1つも変わらなかった明陽恋からも、2人揃って疑問しかない声がまろび出た。


いや、ちょっと待とう、まったく意味がわからない。


どういう流れでそういう話になった?

僕の頭がちょっと混乱してて、妃依瑠の言ってることの意味の解釈を間違ってる?


僕がなんか大事な話を聞き逃した?

そんなことないよね?


何を聞き逃してたとしても普通にお断りなんだけども。

っていうか、明陽恋お嫁さんの目の前で意味分かんないこと言うのやめてもらえる?



「どう............かな......?」


「いや......どうっていうか。意味わからんけど? 僕が妃依瑠のことを待ってるかもって、どういう話?」


「この間、たまたま道端ではるちゃんに会ってね。同窓会に行ったときの話をしてくれてね。涼矛も行ってたんだってね」


「陽ちゃんって、山田陽やまだはるさんか? 高校の同級生の?」


「そう。それで連絡先教えてもらって、涼矛の今のことを教えてもらったの」



なるほど、確かに山田さんとは同窓会でちょっと話したな。

僕はそこまでめちゃくちゃ仲良かったわけじゃないから、ちょっとしゃべっただけだけど。

情報はそこから漏れたのか。


けど、彼女にうちの住所なんかは教えてないしな。

知ってるやつに聞いて、妃依瑠に流したりしたのかもな。



「まぁそういうのはいいや。それで? なに、結婚って」


うちの情報を知ってたのはまだいい。

一番意味不明なのがその話だ。



「陽ちゃんが言ってたんだよ! 同窓会のとき、涼矛はまだ誰とも一緒になってないみたいだよって! だから私、もしかしたら涼矛は私の事情わかってて、待っててくれてるんじゃないかって!」



........................?


あぁ、もしかして。


同窓会のときはいろいろイジられるのがめんどくさかったから、明陽恋との関係はほとんどの人には適当にはぐらかしたんだよなぁ。

あのときはまだ明陽恋と籍も入れてなかったし、僕的には付き合ってすら居なかったわけだし。


......同棲はしてたけど、ちょっとその微妙な関係に触れられるのが嫌で、「結婚とかはしてないよ」って話とかだけで適当に誤魔化してた記憶がある。

それが変な形で山田さんに受け取られて、妃依瑠に誇大表現されて伝わった感じか?


こんなことならしっかり明陽恋とのこと公言しとくんだった。

なんて今更後悔しても先には立たない。


それにしても、僕が独り身だったとしても、妃依瑠のことを待ってる可能性とかほぼ無いだろうに。

可哀想に、実家にしばられて頭がおかしくなっちゃったのかな?



「悪いけど、待ったりしてないし、妃依瑠とやり直すとか、ないない」


「ま、待ってよ。涼矛、どういうこと!? 私と一緒になるために1人を続けてくれてたんじゃないの!?」


「違うし、そもそも僕独り身じゃないから。っていうかほら、左手見たら分かると思うんだけど......」



明陽恋とおそろいのリングを装備した左手をかざしてみせる。


なんか色々わからないけど、告白する前にチェックするもんじゃないの、そういうの。



「う、嘘......。そんなの嘘! 涼矛と私はあんなに長い間愛し合ってたんだよ!? 待っててくれるって思ってたのに! 私、涼矛に会うために実家も全部捨ててここにきたんだよ!?」


「はぁ? いやいや、しらんけど、なんでそんなことになる?」



これまた意味不明。

愛し合ってたのに先に捨てたのはそっちだし、雑に振られて待ってるわけないし、実家を捨ててきたってのも理解不能なんだけど。



「なんも理解が追いついてないんだけど。ってか妃依瑠、子どももいるんだろ。その子はどうしたよ?」



同窓会の帰りに見かけた妃依瑠のお腹は明らかに妊婦のソレだった。


まさか流れたりでもしたのか?

それだったらなかなか可哀想だな。その新しい命。



「............私が赤ちゃん産んだことも知ってたんだ......」


「いや、前に妃依瑠が明らかにお腹に子どもいるところ見たことあったからさ。ってか、その子は? まさか......」


「ううん、無事生まれて元気だよ。実家においてきた。そもそも私は赤ちゃんなんて産みたくなかった。それでも産んだのは、後継者になる子どもさえ産めば、私を実家から解放してくれるって言われたからなの......」


「あ、そう......」



流れた命はなく、杞憂だったらしい。

妃依瑠のことはどうでもいいけど、新しい命に罪はないからなぁ。無事で何より。



「......だからダメだったの......?」


「ん? 何が?」


「だから......。私が子どもを孕んだから、涼矛は待てなくなったの?」


「あ〜、いやぁ、別に関係ないかな? 確かに他人の子どもをお腹に入れてる妃依瑠を見て、完全に吹っ切れた部分もあったけど、ソレがなくてもヨリを戻すことはなかったと思うよ?」


「そんな............。嘘だよ............。それじゃあ私はなんのために......」


「いや、ご愁傷さまだとは思うけどね。ほんと、どんまい。でも母親が子どもを捨てるってのはあんまし良くないと思うよ」



絶望した表情の妃依瑠。

みんな色んな事情があって、シングルの人も少なくない世の中だからなんとも言いづらいけど、子どもにとっても親は大事だろうし、意味ない理由で捨てられたら溜まったもんじゃないだろうに。


昔なら悲しそうにしてる妃依瑠の表情を見たら、守ってあげたいって気持ちが湧いてきてた気がするんだけど、今ではなんの気も起きない。


こうして意味のわからない無駄な話を、こんなゆっくりしたい元日の昼から聞いてあげてるだけで感謝してほしいね。

なんて、手や肩を震わせる妃依瑠を眺めながらぼんやりしていると、視界の端で明陽恋がちょっと震えてるように見えた。


妃依瑠の話を聞いて悲しみに震えているのかと思って、慰めるために撫でたりしようかと振り向いてみると......。








「ぷっ。あはっ、あはははははははっ!」


さっきまでニコニコで黙ってた明陽恋が突然吹き出して大笑いし始めた。


悲しんでなかった。よかった。

けど、なんか笑うポイントあった!?


ってか、新年初笑いがこれってどうなの?


ひとしきり笑ったあと、明陽恋は半笑いのまま侮辱するような視線を妃依瑠に送りながら続けた。






「妃依瑠ちゃん、すっごくダサいね。妃依瑠ちゃんの名前は、誰かを癒やしてあげる『回復のヒールHeal』じゃなくて、嫌な想いをさせるだけの『悪役のヒールHeel』の『ひいる』だったんだぁ! くすくすっ。ぴったりだね。ウチも青春時代にたくさん煮え湯を飲まされたし、まさに悪役だよっ。あの頃ウチに何年も何年も嫌がらせをしてきた罰だと思うよ?」






______________

多分次回最終話。

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