第7話 しゃーなしの対応
「あっ、
ドアホンパネルに映る僕の元彼女、
その見た目も声も話し方も、正直不快感しかない。
完璧に割り切れたとは言っても、裏切られたってことに対する悪感情がなくなったわけじゃないらしい。
男女の関係としてどうとか、じゃなくて、シンプルに人としてあんまし関わりたくない気持ちが湧く。
長い時間一緒に過ごした情は、「許そうか」と思うプラス方向にではなく、憎しみに近いマイナス感情を増幅させる火種になるだけ。
って言っても、復讐心とかが燃え上がったりするようなことも起こらない。
素朴な『関わりたくなさ』だけが生まれている状態。
そのことを今、改めて実感している。
「今更話すことなんてないけど?」
「そんな意地悪言わないで......っ。とりあえずほんのちょっとの時間でいいのっ! 涼矛にいろいろ謝りたいこともあるの!」
まじで今更どういうつもりなんだ?
謝りたいだって? 僕は謝罪なんて聞きたくないけどなぁ。
万が一、妃依瑠が僕を捨てたことに正当な理由があったとして、今、僕が
できればこのまま帰ってほしいところなんだけど......。
それにしても元日の昼から非常識な......。
一年のうちでもトップクラスにまったりしたい時間だぞ。
......まぁいいか。
どのように対応すべきか迷って数秒二の句を紡がなかったからインターホンを切ったと思ったのか、妃依瑠が不安そうな声をかけてくる。
「す、涼矛......? 聞こえてる......?」
「......ん。聞いてる」
「っ! ねぇ、お願い......!」
うーん、うるさいなぁ。ご近所さんに迷惑になるじゃん。
ってか、妃依瑠はどうやってこの家見つけた?
同窓会で何人かには教えたし、もしかしたらその伝手で知ったのかもな。
まぁ、僕もあの日の夜までは妃依瑠が子どもまで身ごもってたなんて知らなかったし、あの場では『妃依瑠に捨てられた』ってことくらいしか言ってなかったから、誰かしらが妃依瑠に聞かれて、なんかしらのお節介を焼いた、なんて可能性は十分ある。
まさか今更僕のもとに来るだなんて予想もしてなかったから、わざわざ口止めなんかもしてなかったし、そういう筋だとしたらしょうがないかもしれない。
だとしたら自分の落ち度だ。
僕の両親から聞き出した、って可能性もなくはない。
でもそれは無いんじゃないかと思う。
幼馴染とはいえ、僕も明陽恋も妃依瑠も、お互いの親にはほとんど会ったことはないし、妃依瑠の両親は顔もほぼ思い出せない。
さすがに明陽恋のご両親とは結婚の挨拶に伺ったから知ってるけど、妃依瑠のことは自分の両親にもそんなに話したことはない。
妃依瑠は親と折り合いが悪かったらしいけど、僕は別に両親と仲が悪いとかはない。
同棲してる頃も、単にわざわざ話す必要もないと思ってたから言ってなかっただけ。
そんなわけだから、両親が僕ら新婚夫婦の家を『ただの他人』である妃依瑠に教えるってのはあんまり考えられない。
「......涼矛?」
あぁ、また考え込んで返事をしてなかった。
妃依瑠が声をかけてくる。
さて、どうするか。
このまま放置してもいいけど、近所迷惑だし、もしかしたら後日接触してくるかもしれない。
だとしたら、さっさと用件だけ聞いて、お引取りいただくのが良策か?
謝罪なんて聞きたくないけど、家までバレてるなら長引かせないほうが得策か。
......そうだな、そうしよう。
ただ、僕らの家には入ってほしくないし、かといって明陽恋に黙って元カノと外で2人っきりで話をして不安にさせるなんてこともしたくない。
なら、気持ちよさそうに寝てるところ申し訳ないけど、明陽恋に起きてもらって、一緒にカラオケにでも行って話を聞くのがいいか?
「......わかった、話くらいは聞くよ」
「ほんとっ!? ありがとう! じゃあ、開けて?」
「いや、うちで話すのはちょっと。すぐそこのカラオケで話そう。1時間くらいしたら行くから適当に歌って待っててくれるか」
明陽恋に起きて出てもらうとしたら、化粧やらなんやらに1時間はかかるだろうしな。
あっちの都合でいきなり来たんだから、それくらい待たせても文句言われる筋合いはないだろ。
場所も、そんな楽しい話じゃないだろうから、近所の喫茶店なんかで話して周りに聞かれてヒソヒソ余計な詮索されたりするのもだるい。
だから家から100mくらい先にあるカラオケあたりが無難だろうよ。
「えっ? うん、わかった。それじゃあ待ってるね」
「ん」
ピッ。
僕の声から乗り気じゃないのが伝わったのか、なんか悲しそうな声が聞こえた気がした。
けど、適当に話を打ち切って準備するために、短く返事を返してインターホンの通話終了ボタンを押した。
「明陽恋〜。ごめん、ちょっと起きて〜」
ベッドで気持ちよさそうに涎を垂らして横になっている明陽恋を軽く揺すりながら声をかける。
「ん〜っ。やめて〜っ」
口の中で声が潰された寝ぼけた声で返され、揺する手をフニャフニャのパンチで叩かれて拒否される。
かっわい。
めっちゃかっわい。
なんだこの可愛い生き物。
僕のお嫁さんだよ。
幸せだなぁ。生きててよかったわ......。
このまま寝かせておいてあげたい......。
とりあえず写真撮っとこ。
パシャ。
永久保存版の寝顔をゲットした僕は、さっきまでの不快感を一旦忘れて満足感に浸る。
寝ぼけてるところに言ってもしょうがないかもしれないけど、用件だけ話して、明陽恋にはこのまま気持ちいい夢の世界を揺蕩っていてもらうとしようかな。
「さっき何故かいきなり妃依瑠が来てさ。なんか謝りたいとかぬかしよってたから、ちょっと話だけ......「妃依瑠ちゃんが来た!?」......聞いてくるよ」
僕の言葉を最後まで聞く前に、ものすごい勢いでベッドから起き上がる明陽恋。
妃依瑠の名前を聞いて急激に目を覚ましたらしい。
「明陽恋おはよ」
「あ、スズくんおはよ〜。ってそうじゃなく! 妃依瑠ちゃんが来たってどういうこと!?」
「んー、いや僕もよくわかってないんだけど、インターホン鳴ったから誰かと思ったら妃依瑠でさ。そのままインターホン越しに『今更話すことなんてない』って言ってやったんだけど、『話したいことがある。謝りたいことがある』とかって言って聞かなかったからさ。1時間くらい後にカラオケで話そうって伝えて待たせてる」
これだけ目がぱっちりな状態の明陽恋ならすぐ理解してくれるだろうと判断して、さっきまでの状況を端的に伝えてみる。
「............」
僕の説明を聞きながら明陽恋は起きたてホヤホヤとは思えない、珍しい険しい表情で何かを考えている。
「それで、僕だけで行ったら明陽恋心配しちゃうかもしれないから、一緒に話を聞きに行かないかって思って起こしたんだけど、行けそ?」
「......うん、わかった、ウチも行く」
「ごめんね、寝てるとこだったのに」
「ううん。むしろ、ウチの気持ちも考えてくれてありがとっ。確かにスズくん1人で妃依瑠ちゃんに会わせるのはちょっと嫌だもん。すぐ準備するからちょっと待っててくれる?」
よかった、僕の判断は明陽恋にとっても悪くなかったらしい。
「別に急がなくて大丈夫だからね。ゆっくり準備してよ」
「わかった〜。あ、ところでスズくん」
「ん?」
チュッ。
「新年あけましておめでとうのおはようのチューがまだだったから♡」
「あっは、だったね。あけましておめでとう」
僕からも唇に浅いキスを返すと、明陽恋はのそのそと洗面所に向かっていった。
*****
予定通り1時間弱が経って、明陽恋の準備ができたのを見計らってカラオケまで向かう。
外やら待合所に妃依瑠の影がなかったので店員に尋ねてみたら、すでに入店済みで後から来る人待ちのお客がいるとのこと。
部屋の外からうっすら見える姿を確認してみると、そこには確かに妃依瑠らしき姿があったので、間違いないことを店員さんにお伝えして、入室した。
急に人が入ってきてびっくりしたのか、こちらを見て軽く目を見開いている妃依瑠だったけど、その手にはマイクが握られていて、有名恋愛ソングのメロディと今の今まで歌ってたであろう妃依瑠の声の残響が耳に入った。
......こいつ、まじで歌って待ってやがった。
僕が『歌って待ってろ』なんて言ったわけだし、別に構わんけどさ。
反省したりしてたら、まじで歌ってるとかできるか?
言われても外で待つとかするもんじゃね?
いや、ホント別にどうでもいいんだけどさ。
「よぉ、来たよ」
「す、涼矛! 待ってたよ! ............って後ろにいるの、もしかしてメイちゃん......?」
慌てて部屋の前方にあるカラオケ用の筐体の『演奏中止』ボタンを押して曲の伴奏を止める妃依瑠。
最初、僕の後ろに居て見えなかったのか、明陽恋の存在に遅れて気づいたのか、訝しげな声をあげる。
「あぁ、明陽恋にも来てもらったよ」
「はぁ〜い。妃依瑠ちゃん久しぶり〜♫」
「......久しぶりだね。でも、できれば涼矛と2人で話したいんだけど......」
妃依瑠は明らかに嫌そうな表情で、明陽恋を軽く睨むように見つめながら呟く。
だけど。
「明陽恋の同伴なしなら僕も話は聞かない」
昔は僕も妃依瑠と一緒になって、気づかないうちに明陽恋を傷つけてしまっていたって話は、以前、明陽恋自身が話してくれた。
明陽恋にとっては、半分は僕への意趣返しのつもりだったかもしれないけど、その話を聞いて僕は凄く申し訳ない気持ちになったし反省した。
あれ以来、僕はできる限り明陽恋が不安になったり嫌な気持ちになったりしないように配慮しようと思ってる。
明陽恋にお嫁にきてもらうときに自分にそう誓った。
だから妻を蔑ろにするようなら、家の場所がわれていようが妃依瑠の話なんて聞く気もない。
本気で帰ろうと妃依瑠に半身を向けてドアの方を向くと、妃依瑠が慌てて止める。
「わ、わかったから! メイちゃんも居てくれていいからっ。だから行かないで!」
そんなんになるなら最初から変な強情はるなよな......。
まぁいい。
さっさと話を済ませて帰って、明陽恋とイチャイチャしよ。
僕と明陽恋は、コの字型にソファが置かれた部屋の奥側に陣取っていた妃依瑠に対して、反対側である部屋の手前側に並んで座る。
「はぁ......。じゃあ手短に頼むよ」
「............なんか2人、近くない......?」
「は? こんなもんだろうよ」
「そうだよ、こんなものだよ。そんなことより妃依瑠ちゃん、早くお話聞かせてくれる?」
半分睨みつけている僕とは違って、明るいニコニコ笑顔の明陽恋。
その表情は、明るいとは言ってもいつもとはどこか違った圧力を感じる。
どこがって言われてもわからないけど、なんだろう、目元とか口元かな? 凄みがあるんだよね。
「わ、わかった......。えっと、まずは涼矛に謝ることから、かな」
「......僕を捨てたこと?」
「す、捨てただなんて......。でも、そうだよね、そのことだよ......」
この期に及んでまごまごと俯いて手遊びして、話を進めない妃依瑠。
僕が怖い顔してるから言い出しにくいのか?
さっさと喋ってもらうために、「ふぅ」と一つ息を吐いて、表情を『怒り』から意識的に『無』に切り替えて続きを促す。
「で? 理由とかを話そうって感じなの?」
僕の促しに対して、また数秒あけて、ようやく妃依瑠が本題を話だした。
「そう。あのときは本当にごめんなさい。..................あのとき、涼矛とお別れしたのは............。お別れしなきゃいけなかったのは......私の実家に強制されたからなの!」
「あ、うん、そうなんだ」
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