第6話 今更なプロポーズ

明陽恋めいこ、遅くなってごめん。僕と付き合ってくれないかな」


「......酔ってる?」




同窓会から帰宅してすぐ、僕は明陽恋に気持ちを伝えた。


帰り道に視界に入った妃依瑠ひいるのお腹を見て、急に、かつ完全に昔のことがどうでもよく感じた。

おかげで、帰宅するまでの1時間ほどの間に、すっかり明陽恋との関係を進める決意ができた。


これまでウジウジしてたのがバカらしく思えてくる。


なんで僕は結婚もしてなかったただの彼女・・・・・に裏切られた程度のことであんなに取り乱して、こんなに長い間引き摺ってたんだ?

世の中そんなこと、よくあることじゃないか。


今更ながら心の底からそう思った。


いやまぁ、これまでにも周りのみんなから同じような言葉をかけられてきたし、自分でも頭の中では同じことを考えていたけどさ。

今になって「よくあること」って言葉がこれだけ腑に落ちたあたり、やっぱり心はそれを認めてなかったんだなって実感する。


心が晴れ晴れとしている。

こうなってくると、「この程度のこと」で明陽恋をずっと待たせてたと思うと、むしろそっちへの罪悪感で心が重くなる勢い。


そんなわけで、帰り道、同窓会で多少酔った頭ではあったけど、電車の中で明陽恋に告白する決意をしたんだ。


それほどたくさん飲んだわけじゃなかったから、僕らの家に帰宅したときにはほとんど酔いも覚めていた。


でも息からはアルコール臭さが漂ってたのかな。

明陽恋からは告白の返事じゃなくて、「酔ってるんじゃないか」って疑問が返ってきてしまった。



「酔ってないから! いや......もしかしたらちょっとは酔ってるのかもしれないけど......。そっか、今言うと酔いの勢いで言っちゃうことになるのか......。これは明日やり直したほうがいいな」


「あ、いや、大丈夫そう。スズくんちゃんと頭回ってそうだよ? でも、帰ってきて急に変なこと言うからびっくりしちゃった。どうしちゃったの?」



幸いにも、僕が変に今すぐ話を進めようとしなかったことが、酔いきっていないことの証明に繋がったらしい。

それでもシラフというにはアルコールを摂取しすぎてはいるわけなんだけど、少なくとも対話できるレベルだと判断してもらえたらしい。


僕の話があまりに突飛で性急だったからびっくりしたって、そりゃそうか。

今までずっと渋ってたのに、いきなり意見を変えてきたら、そりゃ何事かと思うよね。



「帰りに色々あってさ。今まで明陽恋のことずっと待たせちゃってたけど、今日やっと完全に覚悟決まった、っていうか、昔のことと決別できたんだよ。それでさ、一刻も早く明陽恋に伝えなきゃって思ったらこんな形になっちゃった。ごめん、ちゃんと明日、起きたらもう一回言うから!」



言い切ってからふと我に返る。


ぽかんとする明陽恋を放置して、勢いよく一気にまくしたてるように話してしまったし、ここ玄関だし。

こういう振る舞いこそ酔ってることの証明かも。


真面目な話だし、やっぱり明日再チャレンジするのがいいよな、なんて思いながら部屋に上がろうと靴を脱いでいると、さっきまで僕の圧に負けて(?)口を開けて黙っていた明陽恋が再起動した。

けど出てきた言葉は僕が予想してなかったもので。



「え、うん、まぁ明日もう一回言ってくれるのは嬉しいけど。......え? ウチらまだ付き合ってなかったの?」


「えっ」


「え?」


..................。



「え、僕らもう付き合ってた!?」


「あ、いや、ごめん、ウチが勝手にそう思ってただけだったみたい......」


「え、えぇっと......」


「だって、ウチら、一緒に住んでもう1年半くらい経ってるし、毎朝行ってきますのチューしてるし、帰ってきたらお帰りのチューもしてるし、えっちだって......。え、なのにスズくん、ウチと付き合ってないつもりだったんだ......」



俯いて表情が見えなくなる明陽恋。

こころなしか声が揺れているような気がしなくもない。


そりゃそうだ......。

そんな状態で「付き合ってないと思ってた」なんて、明陽恋のことバカにしてるって思われても仕方ないレベルのクズっぷり。

こんなん妃依瑠より僕のほうが普通にクズじゃん。



「ご、ごめんっ。今更気づいても遅いんだと思うんだけど......。僕、明陽恋のこと都合よく扱っちゃってた。最低だね。こんなやつのこと嫌いになっても仕方ないよね」


さっきまでは明陽恋とのこれからにウキウキ気分だったけど、よくよく考えてみればそれどころじゃない。

彼女の気持ちを考えたら、こんな能天気男、願い下げかもしれない。


目の前で肩を震わせているように見える明陽恋の姿に、僕はなんの言葉も紡げないで立ち尽くす。



時間にしてほんの数秒だったろうけど、僕には何十分、何時間も感じるくらいの静寂が耳を痛くする。





チラッ。


「っ!?」


「ぷっ」


「え!?」


「ふふふふふ、あはははははは!」


「え、なに!?」



明陽恋は、俯いた状態から上目遣いをするようにチラっと一瞬こちらを窺い見たかと思うと、急に吹き出して、そのあと爆笑してた。

さっきまでの重い重〜い雰囲気はどこへやら。


僕の肩をバシバシ叩きながら笑い続ける明陽恋に、どういう状況なのかわからない僕はあっけにとられるばかり。


「ふふふっ。はーあっ。あー笑った〜」


「えっと、なにをそんなに笑ってたんでしょうか......」



一見機嫌が良さそうな明陽恋だけど、どこかに地雷があるかもしれないし、恐る恐る尋ねてみる。


「うふふ、それはね〜。ちょっと罪悪感感じて優しくしてくれるかな〜って思って意地悪したら、スズくんが想像以上にすっごく反省してくれててさぁ。その様子があんまりにも可愛くって笑っちゃったのっ」


「えーっと......?」


「あははっ、さっきからスズくん、『えっ』とか『えっと』とかしか言ってないよぉ。そんなになるほどウチに申し訳無さ感じちゃった?」


「あ、え、うん、そうかも」



明陽恋の視線がめちゃくちゃ挑発的なモノになってる。

さっきまでのシリアス展開みたいなのなんだったんだ?


......いや、こういう場合、相手が気を遣ってわざと明るい感じにしてくれてる可能性は十分あるな。

ここで僕が調子に乗るのは悪手。


「なんていうか、これまでの僕の振る舞いがあまりにも配慮足りなかったっていうか、無神経だったってことに気づいたっていうか。だから、明陽恋に嫌われて振られてもおかしくないくらい酷いことしちゃったなって思ってて......」


「うんうん、反省できたのはいいことだっ。ウチがいっぱい待たされたのは間違ってないもんねぇ〜」



僕の不安をかき消すように、明るい表情と声音で僕の頭を撫でてくる明陽恋。

......これはもしかして本気でからかってただけか?



「だって同棲したときもスズくんは『付き合うのは無理』って言ってくれてたし、それから『付き合う』ってお話もしてないし、一緒に生活してもらってたのはウチじゃん。なのに、もし今それでウチが機嫌悪くなったとしたら、そんなの最悪じゃない?」


「い、いや、そんなことないと思うけど......」


「ふむふむ。どうやらスズくんはいたく反省したようですな?」


「はい、凄く反省してます......」


「いいねぇ。じゃあ、そんな反省できた偉いスズくんには、ウチのお願いを1個聞いてもらっちゃおうかな?」


「僕にできることなら......」


「結婚しよ?」











「なんでそれ明陽恋から言うんだよ!」


明陽恋の表情からしてそんなに大した事お願いされないだろうと油断してたところにぶっこまれた。

なんの溜めもなく言い放たれてしまったから、伝えられた言葉の内容を理解するのにしばらくかかっちゃったよ!


っていうか!


「せめてそれくらい僕の方から言いたかったのに! 全部明陽恋にやらせちゃったじゃん! 同棲も結婚も! 僕のメンツ立たなすぎるでしょ!」


全部もっていかれた。

情けなすぎて涙出そう。

いや、泣きたいのは明陽恋の方か......。


妃依瑠とのしょうもないモヤモヤに心を囚われてるうちに、漢らしさの見せ所を失ってしまった情けない人間がそこにいた。

僕だった。



「大丈夫だよ〜。スズくんは一生ウチがリードしてあげるからね〜。ダイジョウブダイジョウブ。ヨシヨシ〜可愛いでちゅね〜♡」


なおも僕の矮小な男心をグズグズに溶かそうとしてくる明陽恋に頭を撫でられるがまま。

いい加減いつまでも玄関にいるのもなんなので、返事をしないままゆっくり部屋に入る。


「あーっ! スズくん、逃げるのー!? お願い聞いてくれないのー!?」


部屋の中に逃げるように移動する僕の背中に向けて、明陽恋が不服そうにぶーたれる。

けど、これは別に逃げてるわけじゃなくて......。



「そういうのは、アルコール入ってる状態で答えちゃダメだと思うから。明日ね......」


「もぉ、そういうところ、ホント可愛いんだからっ♡」



そう言いながら走り寄ってきて背中に抱きついて来たかと思うと、頬にキスを1つ落とされた。


「ふふっ、確かにお酒臭いね〜。いやぁ、明日が楽しみだなぁ〜♫」






翌朝、真面目な雰囲気で、だけど指輪もないのにプロポーズをした。


さすがに僕の方から。

今更そんなちっさいことにこだわっても詮無いことだったかもしれないけど......。


まぁこういうのは気持ちの問題だもんな。



順番がバグったところはあったけど、それから指のサイズを聞いて指輪を作りに行って、2ヶ月後に婚約指輪と一緒に再度プロポーズを断行。

さらに3ヶ月後の明陽恋の誕生日には、結婚指輪を買って入籍まで済ませた。


妃依瑠のことが吹っ切れてから、入籍してから数ヶ月が経つまでの間、僕らはシンプルに平和で幸せな生活を送ることができた。



*****



入籍して初めて訪れた元日。


すでに昼過ぎだけど、明陽恋は正月休みを最大限謳歌していて、まだベッドから起きてこない。


僕は1人でコタツで丸くなってテレビを見ながら、こんな穏やかな生活が送れるなら、もっとさっさと割り切っていたかったな、なんて幸せを噛みしめている。

けど、当時はそんな簡単には思えなかったんだよね。


人間の心って複雑だなぁなんてぼんやり考えていたときだった。




ピンポーン。


部屋のインターホンが鳴る。


人間って凄いよね。

こういうとき感じる嫌な予感って、なかなかの頻度で当たるんだから。


部屋の目の前の玄関じゃなくて、マンションのエントランスに設置されたカメラ付きインターホンからの入電。

部屋に備え付けのパネルから、カメラの映像が確認できるようになっている。


そこに映る姿に、久々に胸に軽いムカつきを感じる。

嫌な予感が的中した。


無視しても良いんだけど、っていうか無視したほうがいいのかもしれないけど、後々よくわからない場所で粘着されでもしたらそれこそ最悪だ。

というわけで、イヤイヤながら対応することにした。


恐る恐るドアホンパネルの『通話』ボタンを押下する。


「............はい」


「あっ、涼矛すずむ〜!? 涼矛なの!? お願い、開けて! 私、妃依瑠だよっ。ちょっとだけでもお話したいの!」




聞き慣れた、でも今となってはちょっと不快になる迷惑でしか無い声が玄関から聞こえた。


平和で幸せな新婚最初の正月がぶち壊される音が聞こえた。



諸悪の根源(?)である元カノ、薄墨妃依瑠うすずみひいるがそこにいた。

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