第5話 同棲と目撃

明陽恋めいこと呑みに行ってから、つまり明陽恋と寝て、結婚がどうとか言われてから大体1ヶ月たった。


毎日仕事を終えて自分の部屋に帰るたび、ムダに広い2LDKと、ペアの食器やら棚の奥に残されていた化粧落としなんかが、妃依瑠ひいるの面影を強制的に脳裏に浮かべさせる日々。

頭ではもうすっかりケリをつけられているつもりではあるのに、心は勝手にチクチクとちょっとした痛みを感じてしまう。


とはいえ、基本的に仕事に明け暮れながら、週末は明陽恋と過ごす日々の中で、先に言った通り、気持ちはほとんど切り替えられている。

ただ、明陽恋と付き合ったり結婚しようっていう気分にまでは流石になれないまま、身体だけ重ねさせてもらったり、ちょっとしたデートに行ったりするくらいの関係のまま。


そんな中途半端な気持ちが少し変わりだした中で訪れた今年最後の週末。

今日は12月もすでに29日。


先週までクリスマスムード一色だった世の中は、すでに年末の空気に包まれてる。


年の瀬に向けた年末商戦にのっかる形でたくさんのお客さんがいろいろと買い物にひしめく中、僕と明陽恋も同じように家電屋に来ている。



「ねぇねぇ、ベッド、これとかどうかなぁ?」


「うーん、悪くないけど、こんなデカイの部屋に入れたら圧迫感生まれない? ってかほんとにベッド1つだけにするつもりなの?」


「あぁ確かに。ちょっとおっきすぎるかな?」


「実際に他の家具も入れてみないとなんとも言えないけど、もうちょっとコンパクトな方が良い気がするかな」


「も〜、スズくんってば、これから一緒に住むからって、そんなに小さいベッドでウチと密着して寝たいの〜? かわいいなぁ」


「はいはい、密着したいからもっとちっさいのにしような」


「ぶー、適当に流さないでよ〜」


「あはは、ごめんごめん」



展示してある無駄にでかいダブルベッドにダイブして寝転がった姿勢のまま僕に声をかけてくる明陽恋。


僕らのやり取りから分かってもらえるかもしれないけど、僕らは来月1月から同棲を始めることになった。

来月って言っても、もう後たった半月だけ先だ。


明確に付き合ったりはしてないけど同棲はする。

普通じゃないし、ぶっちゃけ明陽恋に押し切られた形だけど、こうして2人で家具を選ぶ時間なんかの楽しさを一端として見ても、存外悪くないと感じている自分がいる。


今の部屋は僕と妃依瑠が大学に入学するときに契約した部屋で、そこに入れた家具も半分以上は妃依瑠が1人で選んで買ってきたものだ。

だから、こうやって2人で一緒に店頭に顔を出して「あーでもないこーでもない」って言い合ったりするって経験は実は初めてで。


だからわずかに感じる妃依瑠がつけた痛みの残滓も、これからの新しい生活への期待感に覆い隠されているというわけだ。




「ねー、この猫ちゃん柄のペアカップ、かわいくなぁい?」


「うん、いいね! それなら、この皿とか合わせたら食卓華やかになるかな?」


「わっ、それもかわいいねー! いいじゃんいいじゃん! どんどん買っちゃおー!」



というように、ベッドや箪笥、本棚とかデスクみたいな大きい家具だけじゃなくて、コップや皿、箸みたいな小物類もすべて新しく買い揃えようと、こうしていろいろと物色している。


一応、僕ら2人とも、これまで部屋を借りて生活してきたわけだし、少なくない量の家具はあるんだけど......。

こうして全部まるっと買い換えることにしたのは、ひとえに『過去を思い出さずに済むように』という目的だ。


もちろん僕が妃依瑠を思い出すきっかけになるものを排するってこともあるんだけど、どっちかって言うと............。




僕らがもろもろを新調しようと決めたのは、先週、クリスマスの夜のことだったな......。



=====


「ねぇねぇスズくん。ウチの中は今日も気持ちよかった?」


「うん、めちゃくちゃ! ありがとね」


「うふふっ、知ってる♫ こちらこそありがと♡」


チュッ。


「そろそろ付き合う気に、なってくれたかなぁ?」


「............それは......まだごめん......」


「むぅ。そっかぁ。スズくんにこんなに尽くしてくれる子、きっと他にいないよぉ? お得だよ?」


「だね......」


「ん〜、何が足りないんだろぉ?」


「時間、かな?」


「え〜、いつまで待てばいいの〜!?」


「それは、わからない、けど......」


「ふぅん、そっかぁ。じゃあ、しょうがないね。ちょっとだけずるいかもしれないけど、スズくんの罪悪感と独占欲に訴えかけるクリスマスの思い出のお話でもしてみようかな?」


「......?」


「前にも言ったと思うけど、スズくんが妃依瑠ちゃんと付き合い出したとき、ウチはすっっっっごい悲しかったんだよねぇ」


「そ、それは......ごめんって」


「ううん、スズくんが謝る必要はないよ。ウチが先に告白してたらよかっただけだしね」


「ご、ごめん」


「だから謝らなくっていいってば。それでね?妃依瑠ちゃんに延々とスズくんとのえっちの話とかラブラブなデートの話とか聞かされてさぁ。いくら行動しなかったウチが悪かったっていっても、ウチの心はすり減りっぱなしだったんだよ」


「うっ」


「そんなすり減りも限界に感じてた、あれは高校2年のときだったかな。クリスマス前にクラスメイトの男の子に告白されてね。自暴自棄になったウチは、その年のクリスマスにその人に抱かれたんだぁ。それがウチのハジメテの体験」


「............」


「でも、そのときのえっちの最中についうっかりスズくんの名前を呼んじゃってね?ウチは純潔を散らされるだけ散らされて、次の日には振られちゃった」


「なっ!?」


「ウチの初体験は、その人のクリスマスの思い出になっちゃった。たった1週間のお付き合いのために散らされた安い貞操だったなぁ〜。スズくんのせいで♡」


「......罪悪感と独占欲に訴えかけるって、そういう......」


「それでぇ、それからしばらくは男の人とお付き合いとかしてなかったんだけど、高校を卒業して公務員になって、3年目だったかな。合コンに呼ばれてそこで出会った人とお付き合いしてみたんだ。1年くらいは続いたんだけど、ウチってば、定期的にえっちの最中にスズくんの名前呼んじゃうみたいでね?結局振られちゃった」


「え、えぇ」


「ウチがハジメテじゃないのはわかってたと思うけど、ウチはこれまでスズくんのせいで・・・・・・・・、くだらない純潔の散らし方をして、くだらない性生活を送ることになったんだよねぇ」


「それは僕のせい、なの?」


「そーだよ、スズくんのせい♡ それにね、ウチの部屋にある小物とか、その元カレと一緒にペアで買ったものも残ってるんだよ」


「っ!?」


「スズくんが早くウチを独占してくれないと、そういうの、残っちゃうかもなぁ〜」


「............それはなんか、嫌だね」


「わ、ほんとっ? じゃあお付き合いしてくれる?」


「いや〜、それは......」


「もぉ、煮えきらないなぁ。それじゃあ、クリスマスプレゼントってことで、来年からウチと同棲してくれる権利をプレゼントしてくれるってのはどう?」


「........................まぁそれくらいなら」


「え、ほんとに〜!? やったぁ!!!」


=====



ってな感じのやり取りで押し切られて。


別に過去に男が居たからってだから何ってわけでもないんだけど、なんだかんだ僕の方も明陽恋と他の男との絡みを想像したらイラッとして、彼女の言う通り独占欲的なものも感じるんだから不思議なもんだ。

明陽恋の気持ちを知らなかったとはいえ、配慮もなく傷つけてたのも事実だろうから、そこに多少の罪悪感も感じたし。


以前、明陽恋から提案されてたのは「明陽恋の家での同棲」だったけど、ペアのモノとかの元カレの影を見るのも気分良くはなかったし、1Kの部屋ではちょっと二人暮らしには心許なかった。

そんなわけで僕らは新しい部屋を借りて同棲を始めることにしたわけだ。


僕らは2人とも働いてるし、ちょっとは貯金もある。

だから、ある程度の家具を購入するのに金銭的な障害はない。





その日は、要りそうなものを諸々買い揃えて、半月後に新居に送ってもらうよう手配した。



*****



それから半月後に同棲を始めて、僕らの生活は特に問題なく、光陰矢の如しの言葉通り、眼を見張るほどの速さで約1年が経った。


明陽恋とはまだ明確に「付き合う」って話はしてないけど、僕らの生活を鑑みれば事実上カップルといって差し支えない状態だと思う。

しばらく僕も明陽恋も仕事が忙しくてそういう話を話題にあげてなかっただけで、前まで以上に妃依瑠のことは吹っ切れていて、気持ち的にも明陽恋と付き合うことに抵抗とかはない。


ついつい比べてしまうけど、ありがたいことに明陽恋は妃依瑠と違って、帰らない日があったり遅く帰ってきたりするようなことがなくて、浮気を心配したりする必要がない。

心配をかけないようにしてくれているんだろう。


いや、まだ付き合ってないから、そもそも浮気とかにはならないんだけどさ?

それでも将来に安心感が得られるのは嬉しいよね。


そんな風に安心させてくれる明陽恋だからこそ、付き合うなんて段階だけじゃなく、結婚まで考えたい自分と、妃依瑠に裏切られた経験がそういうことに対する不安感をもたらしていて踏み出せない自分とが、まだせめぎ合っている。


そんな折、僕らの家に1通の手紙が届いた。



「スズくーん、なんか届いてるよ〜」


「なんだろ? ............あ、同窓会の連絡か」


「同窓会? 高校の?」


「そうみたい。地元で次の9月だってさ」


「行くのー?」


「うーん、どうしようかなぁ。成人式以来だし、昔の友達には会いたい気もするけど......万が一妃依瑠が出席してたりしたら気まずいなんてものじゃないもんなぁ」


「あー......。もし妃依瑠ちゃんがいるなら......。スズくんには行ってほしくないなぁ............」


「だよね。僕も明陽恋に心配かけてまで行く気はないよ」


「スズくん! ありがとっ」


「とりあえず幹事に妃依瑠の出欠について聞いてみるよ」



僕は昔の友達に妃依瑠との結末はわざわざ話してない。

妃依瑠の方も、さすがに僕との関係が知れ渡ってた昔の友だちを結婚式に呼んだりはできなかったみたいだ。


だからだろう。

僕が妃依瑠の出席について聞いたとき「喧嘩でもしてんのか?」とか若干鬱陶しい感じで聞かれたけど、「僕は捨てられたからさ。気まずいから妃依瑠が行くなら行かないし、来ないなら僕は出席しようと思うんだよね」と、端的に事実だけ伝えておいた。


それに、よく噂に聞く『フラれた側が悪いことをしてたことにされる』みたいな胸糞悪い状況にはなってないらしくて安心。


無論同情はされたけど、『まぁ男女の関係なんてそんなこともあるだろうよ』って割とドライな感じで流してくれたので、変に慰められて惨めな気持ちになるよりよっぽど有り難かった。


考えてみれば、他の友だちにそういう事情があったとしても僕だって似たような反応になるくらいの些事だよなぁって思ったし、彼の反応を受けて『自分にとっても、まぁそんなもんだろ』って改めて割り切る材料にもなった。



それから数日して、幹事に確認してもらったところ、妃依瑠は不参加を表明したらしいとの連絡をもらったので、僕の方は出席することにした。



*****



同窓会当日。


久々に少し離れた地元の会場での1次会。

楽しくて数人の男友達と2次会が終わって帰宅しようと駅に向かう途中のことだった。


お腹を膨らませた、明らかに子ども1人が入ってることがわかる妃依瑠が、1人歩いてるのを見かけた。


その駅と妃依瑠の実家が近いのは知ってたからそれほど驚きはしなかったけど、他人の子を身ごもってる彼女を見かけたおかげで、心の中にほんの僅かに燻っていたモヤッとした気持ちも、完全に割り切れた。



同窓会に参加してよかった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る