第3話 朝と昨晩

......知らない部屋だな。なんて。



宿酔いでうまく働かない頭でも、直近の記憶がないこのポンコツな頭でも、状況を察するくらいはすぐできた。


まだ直視してないけど、布団の中で、僕の隣がゆっくりと上下してるのは視界の端に映ってる。





昨晩なにがあったっけ?

............なんて、毒にも薬にもならない現実逃避はやめよう。


確認しなくても、気持ちよさそうに寝息を立てて寝てるのが誰かってのは、なんとなくわかってるし。



昨晩は酔いに任せて明陽恋めいこと寝たんだったよな。......性的な意味で。

前までの僕なら、姉弟のように育ってきた明陽恋を抱くなんて考えられなかったんだけど......。


心を抉られるような失恋と酒の勢いってのは怖いねぇ、まったく。


というか、正直正確には覚えてないけど、昨日の明陽恋、めちゃくちゃ積極的に誘ってきてたような......。



=====


「うぁー、やっぱ浮気されてたのかなー。今更どうってわけじゃないけど......。辛ぇなぁ......」


「うん、そうだよね、辛いよね。その気持ち、わかるよ」


「......わかる? わかるって? 明陽恋に?」


「ウチにはわからないだろって思ってる?」


「い、いや、そういうわけじゃ......」


「嘘。『適当なこと言うな』って思ってるって顔に書いてる。スズくんって多分自分で思ってるより感情が顔にでるタイプだよ」


「..................まぁそうかもね。わかった気になられても困るなって思った部分はあったかも」


「一緒の気持ちじゃないかもしれないけど、自分の恋がうまくいかなかったときの悲しい気持ちは痛いほどわかるから。ね、スズくん?」


「そう、なんだ?」


「ウチもね、中学生の頃も高校生の頃も、すっっっっっっっっっっごく悲しい思い、したんだよ。誰かさんのせいでね」


「へぇ。明陽恋にもそういう時期があったんだな。全然知らなかった。僕らかなり一緒にいたのにね。......あんまり聞くのもアレだけど、ちなみにそのお相手って、僕の知ってる人?」


「え〜、ここまで言っても伝わらないのー? ............ほんと昔っから、妃依瑠ひいるちゃん以外のことは『鈍感』なんて言葉で表せるレベルを超えてるくらい鈍いよねぇ」


「え、なに?」







「だからね〜、ウチはずっと小さいときからスズくんが好きだったのに、あとから出てきた妃依瑠ちゃんに奪われて、その上のろけ話までたくさん聞かされて、辛かったなぁっていうお話だよ」


「............え?」


「しかもそれからの何年も2人の傍で無理矢理いちゃいちゃを見せつけられてさ。あんまりにも仲良しだから、ウチは諦めてスズくんから離れようとして、わざわざ2人が来れないレベルの高校を目指して頑張って勉強したのに、2人とも要領が良すぎて普通に追いかけてきて高校でも見せつけられるし」


「あ、え......」


「妃依瑠ちゃんなんて、悪気があったのか無かったのかわからないけど、スズくんとどんなエッチしたとか、どれだけ気持ちよかったかとか、たくさん愛を囁いてくれたとか話してくるんだよね。どんだけウチの脳を破壊したら気が済むんだろうなぁって感じだったよ」


「ちょっ、ちょっと......」


「悔しくて悲しくて、たくさん吐いたりしたな〜」


「うっ......」


「そろそろわかった? ウチに今のスズくんと同じような絶望的な気持ちを味わわせてくれたのはね、他でもないスズくんだよ。この鬼畜野郎♡」


「え、えっと............。ご、ごめんなさい」


「ふふっ。自分がどれだけひどいことしてきたか、自覚できた?」


「あ、はい......」


「よろしい。じゃあ、スズくん」


「......なに?」


「今日ここには失恋して傷心中の男の子と、その人に傷つけられた過去がある独身の女がいます。さて、スズくんが今晩ウチとシなきゃいけないこともわかるよね?」


=====



って感じのやり取りをした記憶がある。

うん、乾杯してからしばらく経ってから、そんな感じだったな。


それからちょっとは抵抗したけど、隠すこともなく押せ押せで来る明陽恋を拒否し続けることはできなくて、結局2軒目に呑みに行くこともないまま、今いるホテルに直行。

ガッツリ搾り取られたところまで......うん、憶えちゃってるな。




ぼーっとホテルの壁を見つめながら、昨晩から現状に至った経緯をあらかた思い出したので、いよいよ意識を切り替えて、隣に目を向ける。


僕の方に身体を向けた彼女は未だに気持ちよさそうに寝息を立てている。



「うっ。な、なんだ、これは......っ!」


肩くらいまである明るめの茶色をした髪が数本頬を通って口元に垂れている。

口元は薄く開かれていて薄くよだれで濡れている。

閉じた目を彩る長いまつ毛、被った布団から少し出ている肌色の肩。


どれもこれも艶かしく、エロ可愛く見えてしまう。


今まで明陽恋のことをそういう対象として見たことなんてなかったのに......!

男は女性を抱いたらその人のことがひときわ可愛く見えるようになるなんていうけど、これがそうだというのか!?


確かにこれは『一回ヤったくらいで彼氏面しないでよね』とか言われる男子が続出するのも分かるわ。


なんてこった。

明陽恋の頭を撫でたい衝動が抑えきれないっ!?

髪に向かって伸びる手が止められないっ。



なでなで。

あー、撫でんの気持ちいぃー。



「んぅ......。あ、スズくん、おはよー♫」


「あ、うん。おはよ」



誘惑に負けて頭を撫でていると、明陽恋が半眼を開けてこちらを一瞥して、間延びした声で挨拶をしてきた。

うーん、可愛いですねぇ。



「ふわぁっ。むにゃむにゃ。......ふふっ、スズくんってば、いつまで撫でてるのー?」


「はっ」



寝起きのぼ~っとして働かない頭に、明陽恋の謎の引力に逆らう力はなかったらしく、見つめ合ったまましばらく撫でてしまっていた。

指摘されてピタッと動きを止める。



「なぁに? 朝からシたくなっちゃった?」


「い、いや、違うからっ」


「遠慮しなくてもいいんだよぉ?」


明陽恋は起きたてで寝ぼけた胡乱げな眼で、蠱惑的なお誘いをしてくる。

まぁなんというか、実際違くないんだけどね。


ってか、昨日は2人とも疲れすぎて下着も着ないまま寝落ちしたんだったかな。

腰も痛い気がする。


まぁ僕も昨日で24歳になったわけだし、そりゃあ高校生やら大学生の時みたいにいくらヤッても大丈夫、みたいな若々しい肉体じゃなくなってるわな。



「遠慮とかじゃないって。ほら、ブラとパンツくらい着よう。そのままほっとくと、そのきれいな形が崩れちゃうよ?」


僕はキョロキョロと探してベッドの横に見つけた2つを掴み取る。

無造作に脱ぎ散らかされていた真っ赤で花のような装飾があしらわれた派手派手なショーツとブラ。

見つけた2つを彼女のお腹のあたりにそっと置く。


昨晩はベッドの上に脱いで置いてたと思ったんだけど......激しく動いてる間に落ちたのかな。


ついでに自分のトランクスも見つけたのでとってベッドの中でごそごそと履く。


さっきの明陽恋とのやりとりでちょっとだけ屹立してしまっているモノが軽く引っ掛かったけど、強引に押し込んだ。

隣の明陽恋は掛け布団を被ったまま、そんな僕のモゾモゾとした動きをボーッと眠たげに眺めながら篭もった声を出す。



「えー、シないのー?」


「ちょっと待ってね......っと。おわ、もうこんな時間だってさ。昼だよ昼。もうお腹へったし、シャワー浴びてご飯でも食べに行かない?」


明陽恋の戯言をスルーしつつ、枕元で充電していた携帯端末を手にとって時間を確認すると、すでに11時を過ぎている。

ようやく目が冴えてきて、昨晩の激しい運動の甲斐もあってかなりハングリー状態だってことに意識が向き出したので、適当にホテルを出ることを提案してみた。



「ウチはここにもう一泊してもいいよー?」


「いや、無駄に高いから。なんなら家......はちょっと嫌だな」



ここの宿泊料金は12時までらしいから、それ以上延長すると無駄に金を払わないといけない。

それなりに稼がせてもらってるし別にカネに困ってるなんてことは無いけど、わざわざここの料金を目一杯払いたいとも思えない。


そういう気持ちから、『続きをするなら僕の家で』とでも提案しようとして、言葉に詰まった。


あんまりにもモノを考えずに喋ったのが悪かった。

僕の家、ということは、つまりは元々『僕ら』の家、つまり妃依瑠と何年も過ごした家だってことだ。


妃依瑠に振られてから2ヶ月。

心のどこかでそのうち妃依瑠が帰ってくるんじゃないかって気持ちがあったから、何年も2人で過ごしたあの家から引っ越すなんてこともしてなかった。


昨晩ベッドの上で明陽恋に散々文句を言われた妃依瑠との関係が頭によぎって、今の僕の家に明陽恋を呼ぶなんて、あまりにデリカシーに欠けていた。

僕自身としても、あの家で明陽恋とスるのは、正直ちょっと気が進まない。



「うん、ウチもそれはちょっと嫌かな。妃依瑠ちゃんとの生活の跡を見せつけられるなんて、ちょっとした拷問だよ。それともそういうプレイがしたいの?」


「いや違うから。ってか、早く準備しないと追加料金だよ。シャワー浴びよう」


「一緒に?」


「それでも良いけど」


「冗談だよー。一緒に入っちゃったら1時間じゃ帰れなくなっちゃうもんね」


「あー......確かに。じゃあ先入ってきてー」


「はぁい」



明陽恋はダルそうに可愛く返事をすると、ショーツも履かずにトテテっと風呂場に向かっていった。


歩き去る後ろ姿を見て、「ほんときれいな尻だな......」って思った。

妃依瑠のこととか、わりと頭から抜け落ちてた。

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