だって春だから KAC202211【日記】

霧野

美咲の秘密日記



3月28日(月)。


 今日のお昼ごろ、面白いもの……というか、変なものを見たので書き記す。


 昨晩、彼と一緒に見た桜をもう一度見たくなったので、お買い物のついでに遠回りして川縁を歩いていた時だった。


 溌剌とした感じの若いお嬢さんが、「いざ尋常に、勝負!!」と声を張り上げたかと思うと、向かい合わせに立っていた男性に向かって二本の棒を放り投げたのだ。お嬢さん自身も長い木刀を持っている。

 男性が二本の棒を拾い上げた瞬間、お嬢さんが「飯田橋美織、推して参る!」と叫んで男性に棒で殴り掛かった。

 咄嗟に防御の姿勢を取った男性に、お嬢さんは自分の持っていた棒を投げつけた。男性がそれを払い落とす隙に、なんと、後ろのポケットから素早くを取り出して振るい、男性の片腕と身体をぐるぐる巻きにしたのだ!


 男性は唖然として、身動きが取れないようだった。いきなり鞭で巻かれたら、誰だってそうなると思う。



「どう? さすがの二刀流免許皆伝も、片腕を塞がれたら何もできないでしょう?」


 お嬢さんが自信ありげにそう言うと、男性は落ちた棒を足で遠くに蹴り飛ばした。そして自由な片手だけで構えて見せる。けど、反撃する様子は無かった。困惑しているみたいだ。

 男性はお嬢さんの様子を見ながら、無言で鞭の巻きと反対方向にぐるぐる回転し始める。鞭を解こうというのだ。


「甘い!」

 お嬢さんが叫び、懐からもう一本の鞭を取り出して振った。これで左右両方向からぐるぐる巻きにされてしまい、男性は今度こそ本当にお手上げの様子だ。


「あたしだって、二刀流なんだから。どう? 降参?」



 男性は困惑顔のまま、頷いた。


「うん、参った。だからこれ、取ってくれないかな……」

「あたしの勝ち?」

「うん、そう。君の勝ち」

「じゃあ、あたしたちこれで恋人どうし?」


「なんでそうなるかな……」



 私もそう思う。なんでそうなるの?!

 っていうか早く放してあげて。通りすがりの人たち、みんなすごい写真撮ってる……



「俺、普通に告白しようとして、君を呼び出したんだけど」

「えっ?」


「だから、告白。俺なんかでよければ付き合ってください、って」

「だって、悠人が……」

「ああ……弟さんにからかわれたんだね……」


 男性はぐるぐる巻きのまま、柔らかく笑った。


「あいつ!! 『岩本さん、俺に勝てたら付き合ってやるって言ってたよ』って!」

「俺みたいなのが、美織さんに対してそんな上から口聞くわけないじゃないですか」



 ギャラリーから口笛があがった。ミオリというお嬢さん、顔が真っ赤になってる。


「ごめんなさい、あたし真に受けてしまって、鞭の練習いっぱいしちゃって…」


 お嬢さんは男性に駆け寄って鞭をほどこうとするけれど、慌てているのかなかなかほどけない。


「もう、悠人のやつ、絶対しばく!」

「まぁまぁ、結果オーライと言うことで」


 こんなにおかしな状況なのに、ふたりはなんだかいい雰囲気だ。

 ギャラリーからは「よっ! これぞ愛の鞭!」なんて冷やかしの声が飛ぶ。プロレスラーみたいなムキムキマッチョの長髪男性が、ちょっと離れたところで地面にうずくまるみたいにして笑い転げている。


 ものすごく、カオスな光景だった。



 こんなレアな体験、滅多にお目にかかれるものじゃないと思う。最初は春先になると出てくるおかしな人たちかと思ったけど、私もつい立ち止まってじっくり見届けてしまった。


 結局、なんとか鞭をほどいた2人はギャラリーの拍手に送られて手を繋いで去って行った。

 私も思いきり拍手した。「美咲」と「ミオリ」、名前が似ているせいかな。他人事だけど、なんだかすごく嬉しかったんだ。幸せになって欲しいな。


 今度図書館で彼に会ったら、絶対に話してあげようと思う。

 彼の先輩にウェブ小説を書いている人がいるって言ってたし、その先輩さんにも話してあげたらいい。きっといいネタになるはず。





 日記を書き終えた私は、可愛らしいマカロン柄の表紙を閉じて、バッグの内ポケットに仕舞った。

 これは誰にも見せない、私だけの秘密の日記。



 それにしてもあのお嬢さん、なんで鞭だったんだろう。やっぱり棒より長距離攻撃ができるとか、そういう理由なのかな。

 絡まった鞭を解きながら「心の中のインディが…」とか言ってたみたいだけど、どういう意味だろう。今度彼に会ったら、それも聞いてみようっと。彼、物知りだから。


 あ。そういえば。


 カオスな光景のインパクトが強すぎて、桜を見るの忘れちゃったな。

 まぁ、いいか。まだ春は続くんだから。





 おしまい

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