六、
刀と武士の名を賜り、センは一閃と名を改めた。ここで初めて侍としての己が生まれたと、一閃はそう思った。
背中に刺さる十一の気配は一閃を品定めしている。
見下し、舐めた様子は感じさせないものの、「花房一閃」という若侍がどれほどの器――いや、刃であるかそれぞれがはかっている。十一の気配はそれぞれ修羅場をくぐり来た強者なのだから。
「そして花房一閃。おぬしを栗沢加賀守荘左衛門直属『椿』に任命する」
「は、拝命いたします」
「椿」については、一閃もいくつか知っていた。加賀守様の番犬とも、左京における特権集団とも言われている。
ありとあらゆる場に加賀守様の名の下、介入する権利を持つとのことになる。つまり通常の侍より、よほど強い権限を持つ立場になったのだ。
刀を賜った途端、己が手にした力の強さに背筋が正される。
そんな小心を見透かしていたのか荘左衛門はひとつ一閃に命を出した。
「まずおぬしには罪人をひとり、斬ってもらう」
「はい」
加賀守様直属となれば、市井の侍などより多くの者を斬ることになる。生涯人を斬ることのない侍も今の世では少なからずいるものの、加賀守直属「椿」であればそれは有り得ない。
この日一閃は初めて人を斬ることになる。今一度深く頭をさげ、一閃は下座へ降りた。
「刑場へ」
「はっ」
「椿」たちが荘左衛門の声に一斉に応える。荘左衛門が退出した後、ぞろぞろと部屋を出た。一閃はその後に続く。
背後から見る「椿」の者たちは様々で巨大な体躯のものもあれば痩躯の者もいる。女人もいる。しかし皆一様に「強者」の足運びをしていた。
――これが「椿」の強者……
杉山勘治も恐ろしく優れた侍であることは知っていたが、彼以上の使い手だろう。師範代程度で武士名と刀を得た侍とは比にならない。一閃は真直ぐに彼らを見、気を引き締めた。城から処刑場まではある程度距離がある。忌み場であると同時に、法と死を取り扱う神聖な場は城下町から隠されていた。
厳粛さを感じさせる扉に一閃は呼吸を整える。先に先にと「椿」の者どもは刑場に足を踏み入れてゆく。そしてなぜかひと組の男女が脚を止め、一閃の前に立ち塞がっていた。
「……あの、なにか?」
一閃は意味深に一閃の前に立つふたりを見やる。
凜々しい眉と広い肩幅の男は二十をいくつか過ぎたか、半ばに見える。堂々とした立ち姿をしており、鼻梁が高く、彫りの深い顔立ちと背の高さのせいで目元に陰が落ちていて圧がある。腰に帯びる刀は二振り。
女のほうはしなやかな柳のような出で立ちで、いやに色香がある。顎の辺りで切りそろえられた髪はつややかだ。年の頃三十の手前といったところで、刀をさして居らず、白木の杖をついていた。
「(めしいているのか……?)」
まじまじとふたりを――特に女のほうを――見てしまう。男のほうはいかにも剣豪、という様が見て取れるが女のほうは盲人だと思われる。その証拠に目を閉じ、白木の杖――ではなく白鞘をついている。頼りに立つ姿は一見頼り無く見えた。
しかし「椿」の一員であるならば、腕が立つことは間違いないのだろう。残念なことに一閃に目の見えぬ侍の技量をはかるだけの経験は無かった。
「(一体どういうつもりなのだ)」
新参いじめ、などという程度も低ければ品もないことをするような御仁たちには見えない。彼らの意図するところは不明だ。
黙していると男のほうから快活な声が投げかけられる。
「花房一閃。此度は武士名と刀を栗沢様に賜ったこと、お祝い申し上げる。拙者、胡桃谷孝淳と申す」
溌剌と話す胡桃谷孝淳は快男児、という表現が相応しく、初夏の日差しのような男だ。
「あたくし、水目寂照と申します。お見知りおきを」
水目寂照はふふ、と笑い紅を引いた唇で弧を描いた。鋳物の風鈴が風で鳴るような声は耳にくすぐったく、婀娜っぽい。
一閃はただ自己紹介されただけだと気付き、慌てて姿勢を正す。
「花房一閃でございます。胡桃谷殿、水目殿。お声がけありがたく存じ上げます」
さっ、と浅く腰を折り名乗る姿は未だ初々しい。
荘左衛門から武士名を与えられているところを見ているとはいえ、挨拶は別であるためしっかりと名乗った。顔を上げれば孝淳とばちりと視線が合う。
がち、と音を立てるほどしっかりと噛み合った視線に、一閃は一瞬硬直した。
「花房殿、ちと手を拝借するぞ」
孝淳の言葉に首をかしげるよりも早く、その手が一閃の手を掴む。がしり、とつかまれ一閃は思わず身構えた。
「なっ!?」
「ほう、ずいぶん厳しい鍛錬をしたようだな。タコも指先も……さすが鬼道殿の元で鍛えられた剣客と言うことか」
じ、と一閃の掌に顔を近づける孝淳は瞬きひとつしない。
古物の鑑定人であれば拡大鏡でも持ち出してきそうな様子だ。
品定めにしては圧が強すぎるが。
「へぇ、一閃さん失礼しますよ」
「あっ!?」
「はぁ、これはまた……おなごだとは聞いておりましたが、鍛えられた肉ですねぇ……」
今度は寂照が一閃のからだを撫で回す。筋肉の付き方と太さ、硬さとやわらかさ。撫で、揉み触れる。腕から肩、胸や背中、尻を撫でられた辺りで、一閃は思わず声を上げそうになった。
「胡桃谷殿、水目殿。そこまでにしてさし上げなされ」
先に刑場に入ったはずの勘治が現れ、ふたりを止める。勘治は表情こそ変えなかったが、ため息を漏らした。
その様子に孝淳と寂照はからから、ころころと笑ってみせる。
「新参者にかようなことは止めなされ。いたずらが過ぎましょう」
「これから『椿』の一員となる侍が、どれほどのものか興味を抱くのは仕方なかろう」
「ええ、そうですよ。どれほど鍛え上げられた剣客か……気にならないわけが、ないじゃあないですか」
勘治の言葉も暖簾の腕押しで、孝淳と寂照ははは、ふふふと笑うばかりだった。
勘治は今一度溜息をつき、一閃のほうを見る。
「花房殿が驚きで硬直しておられますよ」
「はは、水目殿の色香にやられたか!」
孝淳の的外れな言葉に、一閃は口元がかすかに引きつる。一閃に突然降りかかった洗礼が斜め上で、先ほどまでの身を引き締める緊張はどこかへ行ってしまった。
「……か、からかっておられましたか」
「ふふふ……」
一閃の言葉に寂照は楽しそうな笑みを零すばかりだった。勘治はつ、と顎で刑場の扉をさす。
「さあ、花房殿。最初のお役目です」
相変わらず勘治の表情に変化ははなかったが、その言葉はこの場においてよほど激励に思えた。
一閃はく、と顎を引き、唇を真一文字に締める。扉をくぐれば、そこは真白な石が敷き詰められていた。日に当てられ、まぶしささえ感じるその有様に、刑場というよりより神社のような清らかな場のように思えた。
すでに他の「椿」の面々は円陣を描くよう立っている。その中央に立てば一歩、どこへ踏みこんでも全員の間合いになるであることが、一閃には容易に想像できた。
全員がそろい、黒い羽織に着替えた荘左衛門の声が響く。
「罪人をこれへ」
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