騎士=ベディヴィアの告白

中田もな

R

 彼は友人に呼び出されたとき、その用が何であるか、薄々勘づいていた。そのため、あえて悠々とした態度で、冷えた椅子に腰掛けた。

「用件を聞こう」

 彼は金色の髪を揺らして、友人の言葉を待った。重々しい雰囲気の友人は、はぁと一つ、ため息をつく。

「何だ、ため息などついて。兄弟喧嘩の途中だったか?」

「いや……」

 水色の瞳をそっと伏せ、友人は頭を抱える。当然、彼は知っていた。兄弟間の些末事で、呼び出されたわけではないと。

「では、何だ。陛下に対する不満なら、直に訴えてみたらどうだ」

「……何故、そうなる」

 狭く閉ざされた空間に、ぎすぎすとした空気が流れる。彼は長く垂れた髪を、鬱陶しそうに払いのけた。

「なるほど、王ではなかったか。ならば、王妃か?」


 ――その言葉を聞いた途端、友人は小さく、肩を震わせた。図星だと、彼は思った。


「……分かって、いたのか」

 気のない声の友人は、整った顔を彼に向ける。それはまさに、「心ここにあらず」だった。

「残念ながら、察しは良い方だ」

 彼が先を促すと、友人は観念した表情で、自身の心情を吐露した。……騎士ベディヴィアは、騎士ケイに、このように語った。


「……私は、陛下のお傍にいるのが辛い」

 ケイは何も言わずに、彼の言葉を聞いた。外を走る風の音が、嵐の前兆を孕んでいた。

「陛下の美しいお姿を見ていると、私は胸が苦しくなって……。ここではない、どこか遠くの地へと、消えてしまいたくなるのだ……」

 ……のちの話は聞かずとも、用件は痛いほど分かった。つまりベディヴィアは、愛らしい姿の王妃陛下に、恋心を抱いてしまったらしい。

「私に話したところで、解決する問題ではないな」

 ケイがそう言い切ると、彼は縋るような目で彼を見つめた。熱を持ったその瞳は、心なしか、うるんでいるようだった。

「卿の言う通りだ、それは分かっている……。だが、私は……、どうすることも、できないのだ……」

 窓を叩く風音が、徐々に強くなっている。ベディヴィアの心情と重なって、それはさらに大きくなった。

「『どうすることもできない』だと? どうするも何も、卿の望むようにすれば良い」


 ――それはベディヴィアにとって、実に意外な返答だった。彼は瞳を見開いて、友人の顔を見た。


「……止めないのか?」

「無論、止めて欲しいのならば、『止めておけ』と言っても良い」

 そう言うと、ケイは妖しげに口角を上げた。それはある意味、片棒を担ぐことを、楽しんでいるようだった。






「風が強いな」

 駒を横に動かしながら、王は外を一瞥した。曇天が太陽を覆いつくし、今にも雨を落としそうだった。

「今夜は、ひどい雨になりそうですね」

「ああ、そうだな」

 ケイの言葉に頷くと、王は目線を前に動かし、硬直している甥を見た。彼は諦めが悪いらしく、盤上をじっと睨みながら、キングを逃がす手を考えているようだ。

「諦めろ、ガウェイン。これでチェックメイトだ」

 彼はしばらく唸っていたが、やがて悔しそうにキングを倒した。傍観者のケイから見るに、かなり白熱した試合であった。

「そう言えば、ベディヴィアはどうした。卿の相手にするために、呼ぶ手筈ではなかったか?」

「私のことは、どうかお気遣いなく。観ているだけでも、楽しいものですから」

 ケイは自然な風を装って、王に小さく頭を下げた。……招くつもりなど、端からなかった。なぜなら彼は、王妃と密会している最中なのだから。

「何だか変な話だな。チェスをする気がないのに、私たちを誘ったのか?」

「ガウェイン卿。負け試合に誘われたのが、不服だったようだな」

 嫌味を返されたガウェインは、あからさまに不機嫌な顔をして、手近のナイトを倒した。駒は盤上を転がり、クイーンの下肢に強く当たった。

「私が弱いのではなく、陛下がお強いのだ。卿にならば、決して負けない」

「そうか。ならばもう一度、ゲームを始めよう」

 ケイはガウェインと向き合うと、黒い駒をかき集め、チェスの盤上を整えた。今頃は王妃の部屋にいるであろう、友人のことを考えながら。


 ――心の記録というものは、生々しい感情ほど、残りやすいものだ。


 留まることのない心情は、主が死んだら土へと還る。感情を綴る日記がない時代には、それらは全て、時代とともに消えていった。……彼らの想いもまた、それと同じだった。

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