第2話 一人と一匹、その始まり

 目を開けると、小屋の中だった。部屋は冷え切っていたが、外の吹雪はおさまっていて、いくぶん頭もはっきりしていた。誰がここまで運んでくれたんだ?答えはすぐ足元で丸まっていた。


「おまえが連れてきてくれかのか」


声をかけると、オオカミはそっぽを向いて大きくあくびをした。その姿がやけに人間臭くて、笑ってしまった。


「俺はレグルというんだ、よろしくな」


体を起こすのはまだ楽ではないが、なんとか火をおこす。とはいえ、この調子なら3,4日休んでいれば多少はマシになるだろう。それにどうやら相棒もできたみたいだし、希望が見えてきた。

安心と、暖炉の火の温もりからか、疲れがどっと押し寄せて、レグルは再び眠りに落ちていった。




(この生き物はなにがしたいんだ)


 オオカミは、困っていた。目の前で死なれるわけにもいかないから助けてはみたが、どうやらこいつも一匹らしい。山の動物ではないのに、仲間も連れずに山に入って生きていけるはずがない。


(こいつはバカだ)


もう少し様子を見て、手が付けられないようなら置いて去ろう。

とはいえ、この 小屋は便利だ。雨風をしのげるし、一番は暖かい。

そう、不思議なことに、この生き物は火を怖がらずに扱っているように見える。火というのは恐ろしいもので、熱く、生き物を殺そうと追いかけてくる危険なもののはずなのに、この生き物の前では火がおとなしく小さな空間に収まっている。

不思議なことはほかにもある。なんだかよくわからない手段で、こいつは食料を取ってくる。爪もなければ足が速いわけでもないのに、ウサギや小さな鳥を捕まえては、捌いて肉を干している。地面になにかを設置して、それに引っかかるように上手いこと仕掛けているのだ。そのような仕組みを、オオカミは知らなかった。

指が長いのだ。二足で歩行して、足が遅い代わりに、この生き物は前足で細かい動きができる。

弱いのか強いのかわからない。でも一対一で戦えば自分のほうがはるかに強いとオオカミにはわかっていた。


 体力が回復したらしい男は、苗を植えたところに行って柵を立てたり、あくせく働いている。肝心の苗のほうは雪が積もって見当たらないというのに。

”無いのにある草”だ。

オオカミには、植物を育てるという考え方は無かった。木々は自分の生まれる前から同じ姿をしているか、勝手に伸びているか、少なくとも、その成長を意識して見ることは無い。オオカミの言葉には育つ前の草木に対する言葉が無かったから、彼は男が気にかけるもののことを、そう呼ぶことにした。しばらくのちに男が何をしていたのかはわかるわけだが、他の命に対して、その成長を操作できるという概念は、オオカミにはついぞ馴染まないものだった。




 一方で、レグルはオオカミの見立て通り、順調に回復していた。

ともに過ごし始めてしばらくが経ったが、追手は来ない。

オオカミはこちらをじっと見ているかと思ったら、時折手伝うようなそぶりを見せる。こいつには雪の下の苗が見えているのだろうか。それとも雪を囲って何をしているんだと、思っているだろうか。


「この花はな、ここから背を伸ばすんだ」


こちらの言っていることがわかっているのかいないのか、オオカミは背をそらすようにして応えた。


「きっと雪が深いほど、強く育つんだ。こんなものには、負けないぞ、ってな。」


本当にそうかはわからない。でも、そうであればいいと、レグルは思った。



──瞬花の育成は困難を極めると、数少ない書物には書き残されている。


 かつて王宮にはそのための専門の庭師がいたというほどだ。種は秋に植え、葉は地面に張り付くように横広がりに育つ。通常冬をこす植物はこれほどまでには成長しないが、瞬花は大きく成長する。多量の水分を必要とし、根が地中にくまなく生える。しかし一方で、逆に気温が高すぎると日差しのさす季節に茎が成長しないまま、枯れてしまう。硬く、無機質な色合いの茎は、冬の間の過ごし方でその成長が決まる。


異国にはおそらくなかったのだ。レグルは思う。

多量の水分があり、かつごく低温、だが氷点下は下回らない温度。それは、南の異国の地では人工的な管理が必要不可欠な条件。しかし、この地方であれば難しくない条件だ。

雪の下。生育のごく初期に適切な環境下にあれば、瞬花の成長は著しく安定する。


──だからレグルはこの花を、故郷から持ち出したのだ。

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