災禍余日日記

aciaクキ

第1話 

 ある日、一人の青年がペンを持って机に向かって座っていた。神妙な面持ちの視線の先には、一冊の日記が置かれていた。

 青年は目を閉じ、深く深く息を吸い、静かに息を吐いて目を開き、その手を動かした。


◆◇◆◇


  明日、人類の存亡が決まる大戦が始まる。対するは神。僕ら人間側はある対抗手段をもって神に最大限抵抗する。

 しかし神には到底敵わないだろう。この大戦は逆立ちしたって勝てない、所謂負け戦というものだ。


 ただ僕らは神に勝つことが目的じゃない。僕らの目的は『生き残る』こと。神と人間の大戦が始まる理由は単純だが、先に僕らのことを書き記そうと思う。


 僕の名前はグリム。アルビノ村で生まれ育った一人の青年だ。主に村では畑仕事をしている。約10年もの間多くの作物を植えて、収穫してきた。たまに田んぼで稲作の手伝いをしたこともある。僕の仕事はなかなかに充実したものだったよ。

 

 僕には仕事仲間がいた。仲間というよりは、友人──親友といった方がいいだろうか。彼の名はオルゴと言う。小さいころから、それも物心ついたころから一緒にいる兄弟みたいな存在だった。

 彼とは奇跡的にも同い年だったために仕事をするにもいつも同じだった。仕事だけじゃない、何をするのも、何処に行くにも僕ら二人でよく行動していた。


 オルゴとの思い出は数えきれないほどあって、逆に何があるかと聞かれたら答えるのが難しいな。一つだけ印象に残ったものを書こうか。

 昔今よりもずっと幼かったころ、オルゴがいなくなったことがあった。あの日は本当に村の中のどこにもいなくて、村の大人たちと一緒に一生懸命探してたな。あのとき全然見つからなくって、森に入ったオルゴが事故で動けなくなったかもしれないってことで、仕事もご飯もそっちのけで探してたんだ。


 結局オルゴったら夜になって、森の中から平然と下りてきたんだよね。それを見て僕らはもう唖然としたよ。開いた口が閉じないってこのことなんだなって思ったよ。

 その日はもうこっぴどく怒られてて、さすがの僕も呆れたよ。失踪と思われてたけど、最終的にはさぼりで片づけられてたな。


 それで何日かした後、さぼった日に見つけたっていう場所に連れて行ってもらったんだ。最初は完全に獣道で、辿り着けるのかと不安になったよ。ま、無事に着いて、その上めちゃくちゃキレイな場所だったからチャラになったけどね。


 楽しかったな。こんな幸せな生活が18年も続いたのはとても幸福なことなんだろう。けど本音を言うと、これから何年も幸せな生活が続いてほしかったというのは、高望みだろうか。

 

 さて、この世界は神が直接統治している。神が積極的に世界の事々に干渉して人間と共存をしている。例えば僕らの村にはアストラ様という神が村の守り神としていらっしゃっている。僕ら人間だけでは困難だった生活も、アストラ様が手助けしてくださったおかげでかなり楽になった。おそらく他の村や街、都市等も神の手助けがあって初めて生活が成り立つところも少なからずあるだろう。

 神と人間の共存はかなりうまくいっていたと僕ら人間は感じていた。しかしそれがいけなかった。うまく行き過ぎたことが問題だった。


 神の助けにより人間の生活水準は下がることなく高くなっていく状態を維持していた。その中である一つの問題が神々の中で浮上していた。それは『人口爆発』だ。生活の質が向上したことによって人間の絶対数が急劇に増え始めたのだ。

 神が言うには、人間は少なすぎると何もできないから良くないが、多すぎると統治のしようがないからそれも良くないということだった。


 そこで神々が決した解決法が──殺害による人口の削減。


 そんな解決法が人類間では到底容認できるはずもなく、何か対抗手段はないかと、大戦までの短い期間の中で模索した。

 そこで一番最初に意見として挙げられ、すぐに採用された案が使ことだった。


 神々が人類を直接統治する中で最も人間の身近にいた神が死神だった。彼らの本来の役目は、亡くなった人間の魂を回収し、輪廻の輪へ送ることだった。そのため、死神は一人一体だけでなく、ありとあらゆる動植物一つずつに存在していた最も数の多い神だった。

 そして人間の多くはその自身の魂を管理する死神と契約し、道具や武器として物質化した死神を活用して狩りや農作業を行っていた。死神は当然神のため、死神と契約した際にその人間の身体能力は大幅に上がる。その身体能力の高さはより安全に狩りを行えたり、簡単に畑仕事をすることを可能にした。


 そんな死神であっても人間の数が大幅に減るのは都合が悪かった。世界に存在する生命体の数だけ存在するため人間の数が減るということは死神の数も同時に減らされるということと同義だった。それをあまりよく思わない死神たちは、利害の一致した人類と手を組み、自身を武器として神に抵抗することにした。


 僕にも幼少のころから共に畑仕事をしてくれた死神がいる。名は『レイス』、草狩り鎌として十数年僕と一緒にいてくれた大切な存在だ。


 僕は明日、このレイスとオルゴと一緒に大戦へと身を投じる。生き残れるかわからない。しかし死んでしまっては神々の思うつぼなのだ。そうならないように僕は精一杯生き残る努力をする。

 もし大戦が終わっても生き残ることができたら、この身が朽ちるまで笑顔で生き抜いて見せよう。それまで多くの血を流すかもしれない。多くの死を見るかもしれない。それでも僕は、耐え抜いて見せよう。この地獄を。


◇◆◇◆


 一通り書き終えたグリムは、すぐ近くの窓から外を見る。到底明日大戦がはじまるなんて思わせないほど、静かな外だった。


「静かだな」


 いつもは村の人々がいて賑やかな外も、今日は全員が家の中にいるようだった。

 もしかしたら他にも日記を書いている人もいるかも知れないな、と心の中で呟き、パタリと本を閉じる。


「レイス、頑張ろうな」


 畑仕事として使用する道具の草刈り鎌。決して武器として使用するような代物ではないことはわかっているが、それでも少しでも役に立ちたかった。


 姿を消した草刈り鎌を握っていた右手を強く握りしめる。グリムは立ち上がり、部屋を出ていく、明日に備えるために。


 明日、人神大戦じんしんたいせんが始まる。

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