思い出を忘れないために

暗黒騎士ハイダークネス

渡された日記

 3月4日 曇り/晴れ


 日記というものを、俺は小学生の夏の日記なんてものしか書いてきたことがなかった。


 思い出は自分の中にあるから、いいんだ。


 いや、本音を言えば、ただ面倒なだけだった。






 妻に少し早い誕生日プレゼントで渡されて、大きくなったお腹を撫でながら、この子が生まれてからの日記くらい書いてあげなさいと。

 私たちはいつまでも若くないのよ、この子が成長するたびに私たちも歳を取って、老けちゃうの。

 私は認知症だったおじいちゃんのお世話をしたことがあるからわかるの。

 何も覚えていない。娘も孫もわからない。

 あるのは昔の薄っすらとした思い出と、亡くなった祖母との思い出。

 それってすごい悲しいことだったんだと思う。

 仏壇で手を合わせてる時のおじいちゃんはいつもそんな顔をしていたの。

 だから、私はいつかおばあちゃんになっても、認知症になったとしても、、、思い出に浸れる確かなものが欲しいの。


 この結婚指輪だったりね。


 写真やビデオもいいけど、やっぱり私は日記で残したいの。


 私の日記には、上司へのむかつきも、あなたのカッコよさも、あなたの優しさや、誰かにされて嬉しかったことも、全部ここに書き記してあるの。


 いつでも思い出に浸れるように、いつでもあなたや、親しい人たちとの日々を鮮明に思い出せるように。


 今はスマホの時代、ネット社会だから、日記は古いっていう人もいるけどね。


 私はこういうのが好きなの。


 だから、私の好きをあなたに押し付けるわ・・・そんな頻繁に書かなくても、ふとした時に思い出して、思い出を書いててくれると嬉しいな~なんて思うわ。




 俺自身の書くことなどあまりなかった・・・いいや、何を書いていいのか、分からなかった。

 だから、今日は、自分の思いを語ってくれた妻の気持ちを書き記しておくことにする。

 



9月3日 晴れ

 娘が産まれた。

 可愛かった・・・俺が抱っこすると、泣き出し、妻に抱かれるとすぐに泣き止んだ。

 ・・・悲しい。

 妻はそんな俺のことを優しく笑いながら、お父さんだよ~と娘を宥めながら、言っていた。


 妻は写真があまり好きではないとは言っていたが、この子の成長を記録するために買っておくか・・・


追記:娘とともに、家に帰ってきた妻が一眼レフカメラを見て、絶句して、『もっと計画して買いなさい!衝動的に高い買い物をするな!』と怒られた。・・・次からはちゃんと聞いてから買うか。


『一眼レフカメラ』



 この時を境として、日記に写真が張り付いたり、写真専用の本を作るようになった。




6月5日 心の中大雨


 娘がパパのと一緒に洗濯しないでと言うようになった。

 俺の心の中は大洪水だ。

 はぁ・・・思春期か。。。悲しい、とても悲しい。

 このような文章では俺の心の中にある悲しみを表現しきれないくらい悲しい。


・・・はぁ、悲しい。


『雨の写真』


追記:妻が説得してくれたのか、それともお小遣いを減らすと脅されでもしたのか、娘が昨日のことをごめんと謝りに来てくれた。

 ・・・消臭剤でも買いに行くか。



3月8日 心の中大荒れ


 娘の彼氏がうちに来た。

『娘さんを僕に下さい』だ、、と?

 ・・・別に娘が好きあった彼氏なら、許す!!・・・さて、興信所に行って、素行調査を依頼しないとな。

 妻に怒られた・・・筋を通す人間にそう悪い人はいない。娘が信じた人をあたしらが信じないでどうすんだいと・・・むむ、だが、悲しい。

 妻が久々に晩酌に付き合ってくれた。


『月の写真』




6月19日 晴れ

 娘の結婚式に出席してきた。

『お父さん、ありがとう、私今すっごく幸せ』なんて・・・あんな笑顔で言って、悲しいような嬉しいような・・・言葉で言い表せない寂しさと呼ぶべきものがある。

 これ以上、言葉が出ないので、今日の日記はここまでにしよう。 


『娘と新郎の2人並んだ写真』




11月2日

 最近は妻が毎朝、日記を読み返す姿をよく見る。

 妻も娘が嫁に行って、寂しいのだな。。。

 妻と一緒に旅行にでも行ってみるか、妻にそれとなく予定を聞いておかないとな。


『京都の風景と妻』



12月5日

 孫とともに娘と婿が家に来てくれた。

 年末は向こうのほうの実家に顔出すらしい・・・悲しい。

 妻のほうは私より驚いていた。

 料理の本を取り出し、張り切って料理を作っていた。

 久しぶりに娘の顔と、孫の顔が見れて嬉しいのだろう。


『集合写真』

 





6月23日

 妻が死んだ。


『写真なし』



1月28日

 娘に怒られてしまった。

 私は1人だと、前よりも思うように体が動かなくなってしまってね。

 料理も簡単なもので済ませてしまう。

 娘から一緒に暮らす?という誘いを受けたが、断った。

 妻と一緒に過ごしたこの家を離れるなんて、今の私にはできなかった。


『写真なし』

 


5月1日

 妻から私宛に送った手紙が来る。


 寂しがり屋のあなたへ


 この手紙があなたに読まれているということは、もう私はこの世にいないことだろうと思います。

 なんで!?私から手紙が来るの?というと、そういうサービスを私が利用していたってだけですよ・・・前から、死者からのびっくりな手紙なんて、憧れていたのよ。

 あなたの驚く?いいえ、あなたは泣いているのかしら?そんな顔が見れなくて残念よ。

 私ね、ちょっと前から認知症だったの。

 ほんっと娘がいきなり大きくなっててびっくりしたわ。あはは・・・


 隠していてごめんなさい。


 でも、ちゃんと私の思い出は本の中にあって、よかったって、心の底から思わなかった日はなかったわ。

 あなたの日々は忘れてしまっても、日記が積み重なった分だけ思い出はたしかに増えていく。



 毎日が新鮮で、毎日が楽しくて、毎日が幸せだったわ。



 だからね、あなたは大丈夫。

 だって、私が選んだ旦那様なんだもの。

 少しこっちに来るのが遅れていても、待っていてあげる。

 孫の結婚の報告まではこっちに来ちゃだめよ。


 あなたを愛する妻より




『涙の跡ができている』




1月22日

 娘夫婦は3人の孫をもうけて、3人それぞれ結婚した。

 私のほうは趣味の写真撮影でよく外へ出かけるようになり、多くの思い出をもうけるために多くの風景を写真に収めた。

 良き妻に恵まれ、良き子に恵まれ、多くの孫に恵まれた。

 私の人生は充実したものだったろう。




 ただ静かに彼は目を閉じた。

 








「たくさんの思い出話を聞かせてもらうわよ」


「はは、お手柔らかに」


 2人は寄り添いあうように手をつなぎ、歩いて行った。


 そんな声がどこか遠くで聞こえたような気がした。


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