第18話 幼馴染と黄金水

 家に帰り着くと、さっそく俺は液タブに向かっていた。

 深夏のデッサンをしている間に、新作のヒロインのデザインを思いついたのである。ネームの返事が師匠から返ってくる間に、そっちの準備を進めるのも悪くなさそうだ。


「おお……なんか、めっちゃ可愛くないか?」


 デザインを始めてからすぐに、これまでとはなにかが違う、ということに俺は気づいた。

 どこにどの線を引けばいいのかがすぐに分かる。まだアタリをおおざっぱにつけている段階だというのに、新キャラの完成像は頭の中にくっきりと浮かび上がっていた。


 そんな風に作業を進めているうちに、なんだかやたらとムラムラとしてきた。

 初めての感覚に、俺は戸惑う。これまでもたくさん色んなキャラクターを描いてきたが、こんな気持ちがこみ上げてきたことはない。


 頭の中で、思い描いている新キャラのビジュアル。それとオーバーラップするようにして浮かび上がってくるのは、初めて肌を重ねた時の深夏の表情だ。

 それがどうにもチラついて、途中まで快調に進んでいたはずの作業が滞り始める。

 少し油断をすると、新キャラのデザインを差し置いて色んな表情の深夏が頭の中を占領してくるのであった。


「……いやいやいやいや、待て待て待て待て」


 気づけば新キャラのデザインをしているはずが、随分と深夏そっくりになってしまった。

 おかしい。俺はキャラデザをしていたはずなのに、どうして似顔絵を描いているのだろうか? これもすべて、ムラっとした気持ちになってしまったのが良くない。


 こういう時は、サクっと処理をするに限る。

 そう判断した俺は、液タブを閉じて、パソコンのデスクトップを表示した。それから、画面上のとあるアイコンをダブルクリック。


 そして開かれたのは、ピンクと肌色と、そして黄金のアーチがやたらと眩しいタイトル画面……まあ、要するに、なんというかアレだ。アレな感じの、美少女とナニする的なゲームである。


 その名も、『セントクリスマ水~輝く黄金水せいすいを召し上がれ~』


「ムラついた時は、これに限るぜ……」


 机の奥で厳重に保管してある、シリコンで出来た親友を取り出しながら、俺はそう呟く。

 それから回想モードでシーンを立ち上げると、意を決してパンツごとズボンを脱いだ。


「ちょっと、隆文! さっきのアレはいったいどういうつもり……あ」

「おっと」


 と、ちょうどそのタイミングで、作業部屋に深夏が上がり込んでくる。

 下半身がちょっと涼しい感じになっている状態の俺と目が合った。


「……」

「えっと、おかえり。意外と早く帰ってきたんだな?」


 一瞬、言葉を失っている様子の深夏に、俺はそう声をかける。

 すると深夏は、呆れた様子で「はぁ~」と俺に向かってため息をついたあと、ビシッと床を指さした。


「正座」

「なんでだ?」

「正座」


 淡々とそう繰り返されたので、俺は仕方なくいったん椅子から離れて床に膝をそろえて座る。ズボンとパンツを穿くようにという指示はされなかったので、依然として下半身は涼しいままである。


 粛々と指示に従った俺に向かって、深夏が右手を差し出してきた。


「お手?」

「違うから」


 反射的に左手を乗っけると、ぺちんとはたき落される。

 それから、俺がもう片方の手に握っている親友シリコン製のアレを指さして、「ちょっとそれ貸して」と言ってきた。


「はい」


 おとなしく手渡す。

 すると、受け取った深夏はしばらくの間しげしげとそれを揉んでみたり色んな角度から眺めたりして見分したのち、「なに、これ?」と俺に問いかけてきた。


「俺の親友だ」

「あんたの親友、やたらとぷにぷにした感触してるのね……」

「唯一の友達なんだ。深夏にも紹介できて嬉しいよ」

「相変わらず寂しい交友関係してんのね、あんたって……」


 哀れむようにそう言うと、深夏は俺の親友を机の上に無造作に置く。

 そんな彼女に俺は意義を投げかけた。


「別に寂しくなんかないぞ。そいつはどんなに寒い夜でも、温かく俺を包み込んでくれた戦友だ。心の底から信頼している」

「その話をあたしはどういう感情をもって受け止めればいいわけ?」


 冷静にそう言った深夏が、今度はディスプレイ上へと視線を移す。

 ディスプレイの中では、大和撫子然とした美少女が、野外で黄金のアーチを描いているイベントシーンがでかでかと表示されていた。


「なに、これ?」


 こちらに視線を戻した深夏が、先ほどと同じ問いを投げかけてくる。


「えっちっちコンロに点火することを目的としたゲームの1シーンだ。『聖なる日には、性なる夜と黄金水せいすいを』というコンセプトで作られた、いわゆるフェチ特化モノの一種だな」

「そ、そうなの。へぇ……」

「師匠曰く、創作をする上で性癖の探求は必要不可欠なものらしくてな。それでフェティシズムを追及した結果、どうやら俺はこういうのに興奮するらしいということが判明して、それ以来ことあるごとに世話になっている」

「興奮するの? これに?」


 深夏がディスプレイを指さす。

 大和撫子然とした雰囲気の美少女が、野外で黄金のアーチを描いている。


 俺は深夏の指さす画面をまじまじと見つめたあと、力強く頷いて見せた。


「ああ。とてもえっちで良いと思う」

「そ、そっかぁ……あたしこれどういうテンションで受け止めたらいいんだろ……」


 戸惑った様子でそう呟いて、深夏がジト目をこちらへと向けてきた。


「っていうか、このヒロイン、なんかあたしにすごい似てない?」

「……! 言われてみれば、確かに……」


 そこで俺は、ハッと気づいた。

 深夏によく似たデザインの女の子が、黄金のアーチを描いているシーンで興奮できるということは、その逆も然りということはないだろうか?


 キリっとした顔を作って、俺は正座したまま深夏を見上げた。


「深夏、いいことを思いついた。あのな――」

「嫌よ」

「まだ全部言ってないんだけど」

「大方、このゲームでやってるようなことと同じことをしてくれとか、そういうことを言おうとしたんでしょ」


 隆文の考えそうなことぐらい分かるのよ、とでも言いたげに、「はぁ~」と深夏がため息を漏らす。

 なんでそうやって決めつけるんだよ。いやまあそう言おうとしてたんだけどさ。


「あたしにはよく分かんないけど、このゲームが隆文にとって漫画を描くために重要らしいことはなんとなく分かった。でもそれにあたしが付き合うか否かはまた別の話でしょ」

「むう、そうか……」


 深夏の言うことももっともである。嫌がることを強要したところで意味はない。


 おとなしく要求を引き下げることにした。


「それよりも、隆文にはもっと真剣な話があるの」


 椅子に腰を下ろしながら、深夏がそう言ってくる。俺は依然、正座をしたままだ。


「とりあえず、話を始める前にひとつだけいいか、深夏」


 無言のまま、深夏が続きを促してくる。

 発言の許可を得た俺は、今もっとも深刻な問題を口にするのであった。


「俺、パンツとズボンは穿いてもいいの?」

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