第16話 幼馴染と女子の力学

「え……は?」


 二人組のうちの片方が、俺と(主に)深夏の存在に気づいて、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔になる。

 深夏はその存在感だけで9割強の女子に対してパッシブで先制攻撃を行う系の美人だ。深夏に仮にその意識がなかったとしても、顔を合わせるだけでほとんどの女子を威圧することができてしまう。


 そういえば師匠が言っていた。『女』にとって、美は金や権力をも凌ぐ『力』になり得ると。

 深夏を見ていると、「おっそうだな」と納得する。彼女の振りまく美貌とやらは、どこに出しても恥ずかしくない『暴力』だ。


 その暴力を真正面から浴びせられた二人組(俺と同じクラスだが、名前はあいにく覚えていない)の心中は察するに余りある。陰口を叩いていたこともある手前、今すぐにでも回れ右して逃げ出したくなっているに違いない。

 しかし、「このまま帰さんぞ」とばかりに、そこで深夏が口火を切った。


「あら、佐々木さんに村本さん。こんなところで、奇遇ですね」

「え……あ、はい」

「そう……ですね」


 己よりも遥かに格上の美少女から、正面切って挨拶されれば、女子の力学的には応対しないわけにはいかないのだろう。

 追加で、さりげなく座っているソファの上でお尻を横に滑らせる。深夏のその動作が意味するところはただひとつ――おいこらテメェらここに座れや、的な、非言語的ノンバーバル交流コミュニケーション


 女子の世界というものは、こうした言語の外で行われるコミュニケーションにちょっとした強制力がある、らしい。

 嫌なら別の席を探してそこに座ればいいものを、佐々木さんと村本さんは深夏のまとう凛とした美しさに逆らえずに、腰の引けた態度でこちらの席へとやってくる。


「えーっと……え、いいの? 座って」


 二人組のうちの片割れ、おそらくは佐々木と呼ばれた髪の長い方がそうボヤく。『別にあんたと座りたくねえんですけど』という本音がその目つきから透けて見えた。

 もう片方、小柄な方の女(おそらくは村上)の方はさらに態度があからさまである。深夏から微妙に視線を背けており、いかにも帰りたそうなオーラを背負っていた。


 大和撫子の貌を被った深夏は、楚々とした笑顔と態度を崩さない。表面上は穏やかに微笑んで、「構いませんよ」などと笑ってみせる。

 それからおもむろに口を開いて、曰く、


進藤さんとも・・・・・・ついさっきこのお店で会ったんですよ。それでせっかくなので、お茶でも是非、ということになったところで。お二人もご一緒にいかがですか?」


 二人で連れ立ってこの店を訪れたわけではない、というニュアンスを言外に込めつつ、深夏は佐々木と村上に着席を促した。


 ……まあ、要するに、そういうことなんだろう。

 深夏がこうしているのは、二人に釘を刺しておくためだ。

 俺たちが休日に、二人でデートをしていたわけではない、という釘を。

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