第15話 幼馴染とおいしいカフェオレ

 そのあとはしばらくの間無言で作業を続け、無事、深夏のイラストは完成した。

 我ながら、けっこう上手く描けたものだと思う。普段から見慣れているというのもあるのだろう、深夏の特徴をしっかりと捉えて落とし込むことができていた。


 一方で深夏の方はというと、ラテアートを崩さずにコーヒーを飲むことに決めたらしい。ちびちびと、クリームの彫刻を崩さないように注意しながら、カップを傾けているようだった。


「鼻の頭に、クリームついてんぞ」

「え、マジで?」

「マジ」


 手を伸ばして、深夏の鼻先にくっついていたクリームを指で拭い取る。

 指先についたクリームを舐め取りながら、言葉を続けた。


「ったく。ガキかよ」

「っさいなー。ラテアート崩さずに中身飲むのがけっこう難しいんだって」

「素直に崩して飲んだらいいだろ」

「隆文には人の心がない」


 ジトっとした目を向けられた。

 その視線に非難の色を感じたので、抗議も兼ねて俺は深夏のラテアートをスプーンの先でガシガシと崩す。


「あ……ああ! もうっ! サイアク! 大事に守ってたのに!」

「ぬはははは、俺の攻撃から逃れることは敵わんぞ」

「やかましいわ。くそ、やり返してやるんだからっ」


 深夏が俺のラテアートにスプーンを伸ばしてきたので、慌ててカップを持ち上げその攻撃からラテアートを守る。

 そしてそれ以上の攻撃を重ねられるよりも先に、自分のスプーンでクリームを崩してコーヒーと一緒にかき混ぜた。


「ああっ、ずるい! あ、あたしまだ仕返ししてないのに!」

「だからガキかよ……ほら、もう諦めて飲んだらどうだ?」

「飲むけどさ……ずず。あ、うま……やば、超うま……」


 ぶつくさ言いながらも、深夏がうまそうにカップを傾ける。

 俺もカップに口をつけると、苦みと共に仄かな甘みが口の中に広がった。


「あ、ほんとだ。美味い」

「ね。うま……ずず……うま……」


 なんてやり取りをしているとだ。

 カランカラン、と店のベルが鳴って、新しい客が店内へと入ってきた。


 なんとはなしにそちらへ目を向けると、視線の先にいたのは二人の若い女性である。

 同年代ぐらいだろうか。どことなく見覚えのある顔立ちで……。


(――あ)


 その二人が誰なのか気づいた瞬間、俺は思わず目を見開いていた。


『水樹ってさぁ~、なーんか、ヤな感じじゃね?』


 いつかの廊下で聞いてしまった、妬み混じりのざらついた声がよみがえる。


 あの二人は、その時の二人だ。

 深夏の陰口を嬉々として語り合っていた――あの二人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る