第13話 幼馴染とラテアート
そのラテアートのお店は、裏通りに入った、あまり目立たない場所にあった。
いわゆる、隠れ家的なお店なのだろう。いかにも女子受けしそうな店の構え方である。
女の子御用達といったノリに、健全な男子高校生であるところの俺は当然のように二の足を踏んだ。しかしまあ、これもまた経験だと思い、深夏のあとに続いて店内へと入る。
……実のところ、ラテアートそのものに関しては以前から多少の興味を抱いていたというのもある。絵を上達させたいなら、漫画以外にも色々なモノを実際に見たり経験したりした方がいいというのは、クソ女こと師匠の教えでもあるのだ。
などと、クリエイターっぽいことを考えつつ店内に入ると、想像していたよりも落ち着いた内装が俺たちを出迎えた。ラテアートといえば女子が好みそうなものだから、店内ももっと華やかなデザインかと思っていたのだが、これは、なんというか……。
「想像してたより、なんか、地味だな?」
「そう? こんなもんじゃない?」
「やー、もっと女子が好きな感じに派手なイメージを勝手に抱いてたから……」
「女をなんだと思ってんのよあんた」
「金とイケメンと派手なアクセサリーが好きな類人猿」
「今度その偏見ごとタマ潰してあげようか?」
深夏さん、深夏さん、やめてください。
指をゴキリと鳴らしながら青筋立てて睨むのやめてください。
「っていうか、あんたのその女に対するステレオタイプな偏見はどうやって育まれたのよ」
「悪役令嬢モノ見てるとよく出てくるんだよ」
「あれ極端な例だから」
呆れた様子で深夏がそう釘を差してきたところで、席へと案内される。
それから注文と、描いてほしいラテアートのリクエストを店員へと伝えた。
ほどなくして、注文したラテアートが運ばれてくる。
深夏のラテアートには猫が、俺のラテアートには好きな漫画のキャラクターが、見事な立体感で描かれていた。
「おおっ、すげえ!」
その見事さに、思わず俺はそんな声を上げる。
それからスマホを取り出して、写メを一枚。これは写真に残しておかないとあとで後悔しそうな出来栄えであった。
「かっ、かわっ、かわわわ……っ」
深夏もまた、描かれた猫の可愛さ、愛くるしさに、言語野に支障をきたしている。
おまけに、取り出したスマホで、俺以上に様々な角度からラテアートを撮影していた。
分かる、分かるぞ、その気持ち。
思うに、どんなものであれ、クオリティの高いものは人の心を無条件で感動させる。
このラテアートには、話題になるだけの確かな『力』があるように俺には感じられた。
「さて、と」
写真を撮り終えたところで、クロッキー帳を俺は開く。
せっかくだから、猫だけではなくこのラテアートもスケッチしておこうと思ったのだ。
そんな俺を見て、深夏が呆れたような目を向けてくる。
「あんた、こんなとこまで来て絵を描くつもり?」
「おう。俺をなんだと思ってやがる?」
「漫画バカ」
正解。
「まあでも、ほんとすごいよねこれ。可愛すぎてどこから飲んだらいいか分からないぐらい」
マスクを外しながら、深夏が楽し気にそんな言葉を口にする。
それからスプーンを手に取ると、ラテアートをどこから崩すべきか思案するような表情になった。
だが、やがて深夏が、愕然とした様子で顔を上げる。
それからこともあろうに口にした言葉は、
「どうしよう……隆文。可愛すぎて崩せない」
などと、この世の終わりのような口調で俺に告げてくるのであった。
「なら崩さないで、眺めてればいいんじゃないか?」
「……それはそれで、いつまでも眺めてると冷めてもったいない気がするんだよね」
「なら崩して飲むしかなくない?」
「あ、あんた……そんな酷なことをあたしにやらせる気!? この可愛い猫ちゃんがその目には見えないの!」
いつになくころころと表情を変えながら、深夏は俺に向かってそうまくし立ててくる。
家で二人でごろごろしているだけだと、まず見せることのないだろう表情だ。それだけに深夏の様々な表情は貴重で、魅力的で……気づけば俺は、クロッキー帳に鉛筆を走らせていた。
「あ、あんた……人が話してる時にまたそんな……むぅ」
どこか不満げな口調で、深夏が俺にジトっとした目を向けてくる。
それから、どこか拗ねたような表情で、ラテアートの猫の鼻先をスプーンでちょんちょんと突っつきながら、
「もぉ~……隆文が相手してくんない……冷たい男ねぇ」
などと猫に向かって愚痴っていた。
「人のことを人でなしみたいに言うな」
「まるで自分を人間だと思っているかのような物言いね」
「今さらっと人間というカテゴリから外された気がするんだが?」
深夏の顔をクロッキー帳に刻み込みつつ、俺は彼女に言葉を返す。
すると彼女は、「べっつにぃ?」と言いながら、結局ラテアートを崩せないままスプーンをテーブルに置いた。
「ただ、ちょっと気になったってだけ」
「気になった? なにが?」
「なんで、隆文はそんなに漫画頑張って描いてるんだろうなって」
彼女の言葉に、俺はつい手を止めた。
クロッキー帳から顔を上げ、深夏の表情を窺うと、彼女は頬杖を突いて俺に視線を向けている。
「……別に」
俺は再びクロッキー帳へと視線を戻しながら言葉を返した。
「聞いて面白い理由でもないぞ」
「聞かせてよ」
「描きながらでもいいか?」
アタリは取って輪郭も決まった。
顔のパーツをどのようなバランスで配置するべきか考えながら、さらに鉛筆を走らせていく。
「うん。別にいいよ」
「じゃあ……そうだな」
紙面に
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