第12話 幼馴染と猫カフェ
「猫カフェには初めて来たけど、なんかけっこう壮観だねぇ~」
案内されたテーブルに腰を下ろしたところで、深夏がぐるりと店内を見渡す。
なるほど、キャットウォークが頭上を渡されているような光景は、普段の生活ではなかなかお目にかかることがない。壮観という彼女の感想も頷けた。
また、沖縄をイメージしているのだろう。店内にはエキゾチックな観葉植物が置かれ、壁もまた、ガジュマルの樹を模したような
指先で壁に触れてみれば、もちろん実際の樹皮というわけではない。タイルにも似た、どこかつるりとした印象の素材である。猫が傷つけたりしないようにするためなのかもしれない。
「にしても……うじゃうじゃいるな、猫」
「うじゃうじゃて」
素直な感想を口にすると、深夏が冷めたツッコミをよこした。
「そりゃたくさんいるに決まってるでしょ。猫と戯れるためのお店なんだから」
たかだか猫と戯れるだけなのに90分で1600円も払うのはいかがなものかと思ったが、賢い俺はそんな野暮なセリフは胸の内に留めておくことにした。
代わりにドリンクの注文を済ませたところで、さっそく一匹、猫がこっちに寄ってくる。
きれいな、白い毛並みをした猫だ。琉球喫茶などと銘打っている割には、イリオモテヤマネコがいるというわけでもないらしい。もっとも、絶滅保護種だったはずだからそれも当然のことなのだろうが。
「あ、ほらきた、可愛い~」
あからさまに腑抜けた声になって、深夏が猫に向かって丸めた拳でおいでおいでする。
マスクをしているとはいえ、それでも抑えきれない美少女オーラを放っている深夏がそんな仕草をすれば、その破壊力はなかなかのものである。動画でも撮ってどこぞの動画サイトにでも上げれば、軽く100万再生は行きそうな光景だった。
深夏は猫においでおいでをすると、下からそっと指先を潜り込ませるようにして、猫に手を近づける。
白猫は恐る恐るといった様子で指のにおいを嗅ぐと、ぺろ、ぺろ……と2、3度深夏の指先を舐めた。
「わっ! 見てほら隆文! この子あたしの手……あっ」
思わず興奮した深夏が俺の方を振り向くが、その声と仕草に驚いたのだろう。
びくっと白猫は顔を上げると、警戒するような足取りで俺たちのもとから去っていってしまった。
「あぅ……猫」
「警戒心の強いタイプだったのかもな」
しょんぼりと肩を落とす深夏にそうコメントを返すと、彼女はぐっと拳を握りしめ、「次は頑張る」と呟いてみせた。
黙って連れてきてしまったが、なんだかんだで楽しんでくれているらしい。そのことにホッと胸を撫で下ろした俺は、ちょうどいいタイミングで席に届いたコーヒーを一口舐めてから、持ってきていたクロッキー帳を開いた。
店の前で、「猫の絵を描いてみようと思った」と深夏に語ったのは嘘ではない。
人間を描ければ漫画も描けるというわけでもない。
人間を描けて、背景を描けて、服や小物なども描けて、ついでに動物も描ければ、それだけ表現の幅は広がっていく。
漫画家としても絵描きとしても未熟な俺には、やるべきことがたくさんあるのだ。
それからはしばらく、俺も深夏も無言のままに時を過ごした。
深夏は猫を驚かせないように、静かに酔ってきた猫を撫でたり触ったり、膝に乗せたりしていたし、俺はそんな風に深夏が引き留めている猫を観察しながら手元のクロッキー帳に線を引いていく。
骨格も肉付きも人間とは異なるし、なにより毛並みが難しい。どんな風に表現すればいいのかと悪戦苦闘しながらも、普段とは違う刺激は楽しかった。
***
そんな風に時を過ごしているうちに、90分はあっという間に過ぎた。
学生の身分で金をそんなに持っているわけもなく、延長はせずにそのまま出る。
「ん……良かったぁー」
店を出たところで、堪能した様子で深夏がぐっと背伸びする。
「楽しかったか?」
「うん。もう、最っ高。やっぱいいよね、猫」
「そいつは良かった」
「そっちはどうだったの?」
深夏が問い返してくる。
「ん?」
「絵の練習」
言って、ビっと俺の手に持つスケッチブックを指さしてきた。
「……ぼちぼちかな」
「ぼちぼちかぁ」
「やっぱ動物はムズいわ。動き回るし、人間と違って毛があるし」
練習と、それに観察不足を痛感する。
「まあ、同時になんでも上手くやろうってのがムシの良すぎる話なんじゃない?」
「そうだけどさぁ」
「あ、そんなことより、この辺りにおいしいラテアートのお店あるって知ってた? この前の雑誌に載ってたんだけど」
「俺の苦悩をそんなこと扱いですか……」
「そんなこと、でしょ。悩んだところで練習あるのみって、それもう結論出てるじゃん?」
……まあ確かに。
「ほら、行こ。次はあたしが奢ったげるから」
「あ、おいっ」
「おらー、きびきび歩けー?」
そんな風に深夏に手を引かれ、俺たちは次の店へと向かうのであった。
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