第11話 幼馴染と散歩
その週末。
俺は部屋でだらだらと読んでた本を閉じると、クロッキー帳を片手に立ち上がった。
「外出るぞ」
「ん、いってらー」
これまた同じように、俺の部屋でだらだらと小説を読みふけっていた深夏が、そんな雑な言葉を返してくる。
立ち上がる様子のない彼女に俺は告げた。
「なに言ってんだ。深夏も来るんだぞ」
「え? なんでよ」
「なんでもだ」
説明が面倒くさくてそう返すと、深夏は不服気な表情で読んでた本から顔を上げた。
「……あたし今これ読んでんだけど」
「見れば分かるぞ。美少女は本を読んでるだけで絵になるから羨ましいよな」
「ありがと。……で、できれば続き読みたいんだけど」
「なら読み終わるまで待ってるぞ」
「いつもの散歩でしょ。勝手に行って勝手に帰ってきたらいいじゃん」
深夏が
街をぶらつくのは良い。指で四角形を作って景色を切り取れば構図の案も浮かんでくるし、歩いているだけで頭の中が整理されストーリーも浮かんでくるからだ。
とはいえ、今日はそれが目的ではない。ネームはすでに描き上がっているし、次作は構想段階にすら入っていないからだ。
「たまにはいいだろ。外行こうぜ」
「……はぁ~」
改めて言葉を重ねると、ため息をついて深夏が紙面へと視線を戻す。
「いいけど……30分だけ待って。多分それくらいで読み終えるから」
「分かった」
***
30分後。
「ったく。藪から棒にほんとなんなのよ、あんた」
唇を(多分)尖らせながら、学外仕様の深夏が俺の隣を歩いていた。
マスクをしていると表情はあまりうかがえないが、口調から分かる。深夏は今不機嫌だ。
「俺は俺だろ」
「そういうこと言ってんじゃないわよ」
なんなのよ、と言われたのでそう返したところ、割と強めに足を蹴っ飛ばされる。つま先はやめろ、ソールが硬い。痛い。
「はぁ~……今日は一日だらだら漫画読んで自堕落に過ごそうと思ったのに」
「たまには良いだろ。それにだらだらしてばっかだと肥える」
「別に肥えてもいいんだけどなぁ」
「学園の『大和撫子』様が台無しだろ、それ」
「むしろ早く台無しになってくれた方が楽」
本音のトーンで深夏が言った。
「窮屈なイメージ押し付けられるぐらいなら、おもしろ動画でも見ながらだらしなく突き出た腹でも抱えてたいわよ」
「今すぐ毎食チョコレートとポテトチップスにすれば、その生活も夢じゃないぞ」
「やーよ。添加物ごり押しの食事って苦手だし」
「デブになりたい人間としての志が低すぎる」
そんなんだから未だにスタイル抜群すぎるのだ。
そんな風に、道中ぶつくさと文句を言っていた深夏だが、駅で電車に乗り込み、目的地に到着した頃には、その表情も「あれ?」という感じに変わってきた。
それから、駅から五分ほど歩いた先にあるその店、『琉球喫茶~にゃんくるないさ~』に辿り着く頃になると、「あれれれれ?」という感じで目をまん丸にしていた。
「あ、あれ? あれれれれ?」
「入るぞ」
「ちょ、待て待て待てコラ確信犯」
店に入ろうとしたら後ろからヘッドロックを極められた。痛い。
「深夏さぁ……俺に対してもう少し繊細な扱いを覚えたらどうなの?」
「そっちこそ、こういう気の回し方できるならもう少し言葉を尽くすことを覚えたらどうなの?」
「気を回す? 俺はこの間雑誌見て、『あ、猫のスケッチちょっと練習したいな』って思っただけだぞ」
ぽりぽり鼻を掻きながらそう返すと、その指を深夏にがしっと掴まれた。しかも割と強めな力で。
「痛い痛い折れる」
「良い機会だから言っとくけど、嘘つく時ってあんた、鼻の頭を指で掻く癖があるから」
「え、ま、マジ? やべ……」
「そういう反応をしたってことは、今のは嘘ってことでオッケー?」
「あ……」
カマかけるの上手いっすね深夏さん。
見事に引っ掛けられた俺が黙り込むと、深夏は「はぁ……」とため息をついて両手で顔を覆った。
それから、ぽつりと絞り出すように、
「こういうの覚えててくれんの……なんかちょっと嬉しいじゃん……悔しいなぁ……」
と、呟く。
見れば、手の間から見える鼻の頭が、ちょっとだけ赤くなっていた。
「……嬉しいなら素直に喜んどけよ」
「じゃあ素直な喜ばせ方ができるようにあんたも努力しなさいよ」
「お、おう、すまん……」
「だいたいあんたの悪い癖だからね。面倒くさがって説明サボるの。今日だってどこに行くか最初に言ってくれたら、あたしだって喜んでついてきたのに、それをあんたは――」
「ちょ、ちょ、とりあえず中入ろうか? な?」
このままだと店の前で最低でもお説教1時間コースに突入しそうだったので、慌てて深夏を店の中へと押し込んだ。
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