第10話 幼馴染と雑誌の特集
「ふー……偉いぞ、俺」
その日の夕方。
この間からせっせと進めていたネームを描き上げた俺は、椅子の背もたれにもたれかかって深いため息をついていた。
内容はラブコメ漫画だ。
これまでバトルをメインで描いてきた俺にとっては、初めての挑戦となるジャンルである。
正直、面白いものができたのかどうか自分でも分からない。
分からないなりに、色んな漫画やアニメ、ラノベの中から、面白いと思われるエッセンスを抽出して、自分なりにまとめあげたつもりだ。
だから、理屈の上では、一定のクオリティに達している……のではないかと思われる。
それでも……作り上げたネームを会心の出来だと言い切れないことに関しては、もやもやとした感情が先行してしまう俺がいた。
「まあ、一応師匠に見てもらうか……」
ネームをドライブに上げ、コピーしたリンクをDearcordで師匠へと送った。
それからしばらくDearcordの画面を眺めていたが、反応はない。正直、すぐにでも欲しいところだが、師匠は師匠で忙しい人だ。タイミングによっては、一ヶ月ぐらい反応が返ってこないこともある。
「……休憩しよ」
ため息交じりにそう呟くと、俺は席を立って隣の部屋へと移動した。
部屋では、深夏が尻の下にクッションを敷いて、なにかの雑誌を読みふけっていた。部屋に入ってきた俺に対して反応を返さない辺り、よほど気になる特集でもあるのだろう。
気になった俺は、深夏の隣に腰を下ろすと、彼女の後ろから雑誌の中身を覗き込もうとした。
だが。
「……おい。重い」
俺が深夏の隣に腰を下ろした瞬間、彼女はノータイムで足の上に乗っかってきた。
おまけに、俺が文句を口にしても、無視をしたまま雑誌に目を下ろしたままである。なんなんだこいつは?
とりあえず、このままだと尻が痛くて寒いので、俺は腰を浮かせて深夏の使っていたクッションを下に敷く。
それから改めて、深夏が手に持つ雑誌に視線を落とした。
紙面では、どうやら猫カフェの特集記事が組まれているらしい。
愛くるしい瞳をした猫の写真が、いくつも掲載されている。
見れば、特集を組まれている猫カフェの立地は、この辺りからそう遠くない場所にあるらしい。電車で片道30分、といったところだろうか?
休日に遊びに行く分には、ちょうどいい距離のように感じられた。
「行きたいのか?」
試しにそう訊ねてみるが、深夏はやはり反応を返さない。
よくよく彼女の横顔を確認してみれば、「ほわぁぁぁぁ」と目を輝かせまくっている。あ、これ、完全に熱中しまくりやがってるやつですね?
このままでは話しかけても反応が返ってこなさそうなので、とりあえず目の前にあった耳をはむっと唇で挟んでみた。
「ふみゃあっ!?」
猫みたいな鳴き声を上げて深夏が飛び上がった。
「なっ、なに? 今の、いきなり……へ? 隆文? アンタ漫画描いてたんじゃないの?」
「ネームはさっき描き上げて、休憩」
「あ、そうなんだ。お疲れ、コーヒー飲む?」
「いる」
「あと言い忘れたけど、急に人の耳にはむつくのやめてくれない? びっくりするから」
「お前も無言のまま俺の膝に乗っかってきた上に、話しかけてもガン無視だったんだけど、その件についてはどう思う?」
「あ、ほんとだ。なんでアンタ、あたしに敷かれてんの?」
無意識に人を尻に敷く女って……。
思わずじとっとした目つきになる俺をよそに、深夏が雑誌を閉じて立ち上がる。
「ま、いいや。コーヒー淹れてくんね。豚骨スープ多めのクレンザーはスプーン一杯で良かったよね?」
「だから牛乳と砂糖な?」
さりげなく口にしたらいけないものまで混ぜようとするのはやめてくれ。
「ついでだしあたしもコーヒー飲もっかな~」
ふんふんと鼻歌を歌いつつ、深夏がダイニングへ向かう。
そんな彼女の背中を見送りながら、俺は深夏の読んでいた雑誌を手元に引き寄せる。
それから、スマホ片手に猫カフェの特集記事が組まれていたページを開きながら、一人呟いた。
「まあ、ネームも描き上がったしな……」
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