第4話 幼馴染とショッピングモール

 そんなこんなで、俺たちは学校の最寄り駅から電車で三駅ほど先にあるショッピングモールを訪れていた。


 モール内には、学生向けから大人向けまで、様々なショップが並んでいる。

 モールの中央を深夏と歩きながら、俺は口を開いた。


「今さらだけど良かったん?」

「なにが?」

「や、俺とここ来て」


 このモールは、俺たちの通う赤司高校から近い分、放課後に訪れる同校の学生も少なくない。こうして歩いているだけでも、時おり赤校生の制服とすれ違う。

 深夏は、同じ学校の生徒の目があるような場所では俺との接触を避けている。それは深夏自身のためでもあったし、同時に俺のためでもあった。


 だからこそ、今のこの状況に疑問を覚えたのであるが、


「まあ、大丈夫なんじゃない?」


 と、マスク・・・帽子・・を装備したツインテール姿・・・・・・・の深夏が、目元で微笑んでみせる。


「あたしもマスクと帽子で変装してるし、学校とは髪型も変えてるから、そうそう身バレしないと思う」

「身バレて」

「ここまで見た目を変えておけば、通りすがりのファンに囲まれて即席サイン会を開くようなこともないんじゃないかな」

「芸能人みたいなことを言いおる」

「実際に芸能人だったら、有名税だなーって諦めもつくんだけどねぇ」


 これを他の女が言っていたら自意識過剰だと感じるところだが、深夏が言うと妙に説得力がある。

 実際、マスクに帽子で顔と頭を隠していても、すれ違う人たちがいちいち振り返る。変装しても隠しきれない美少女オーラに反応しているのだ。


「いっそ整形でブスを目指してみたらどうだ? 美人は損をするらしいぞ」

「それもアリかもなぁ」


 声がけっこうガチだった。

 おまけにスマホを取り出して、『整形』『料金』などという単語を打ち込んでいる。開いたページの金額にでも驚いたのか、「うわ、高っ」などと言っていた。


 作った手刀を深夏の後頭部に叩き込む。


「冗談だ。真に受けるな」

「あたしとしては、割といいアイデアだと思ったんだけど」


 そこでふと、意地悪そうな目つきになると、


「あ、それともなに? あたしの顔好きなの?」


 などとからかう口調でそう言いながら、肩でドンとぶつかってくる。


「ああ、まあ、割と。とりあえず目の保養にはなるよな」

「期待してた反応と違うなぁ」

「『べ、べ、別に、アンタの顔なんてこれっぽっちも好きなんかじゃないんだからねっ』とでも言った方が良かったか」

「それはそれでキモい。あといにしえのオタク感がすごい。漫画描くならもうちょっとセンスをどうにかした方が良いと思う」

「そういうことを真面目に言うのはやめてくれ。古傷が開く」

「古傷?」

「師匠にも似たようなことをよく言われるんだ」

「あー」


 納得顔で深夏がうなずいた。


「もうほんとボロクソ言ってくるんだよな師匠。この間もさ、お前がキャラに着せる服っていつも似たようなのばっかだなー、クソだわーって言われてさ」

「まあ確かに、隆文って私服もセンスないもんね」

「容赦って言葉知ってる?」

「これは隆文には言わないように気を付けてたんだけど、はっきり言ってダサいなといつも思ってた」

「だから容赦って言葉知ってる?」


 あと人に気を遣うなら最後までちゃんと気を遣おうね?


「まあでも、せっかくだし服を見ていくのもありかもねえ」


 立ち並ぶ店をぐるりと見回しながら、深夏がそんなことを言った。


「……服なぁ」

「うわ、あからさまに興味なさげ」

「やー……だって漫画って別にキャラの着てる服を見るために読むわけじゃなくない? あくまでストーリーとキャラを見てるっていうか」

「そういう考え方だから、クソだわーってお師匠さんに言われたわけでしょ?」


 仰る通りで。


  ***


 その後、深夏に連れ回されていくつかのメンズショップを回った。

 それからあれこれと服を着させられた挙句、結局服は一枚も買うことなく終わった。


「色々着てみてどうだった?」


 帰り道、途中のスーパーで買った食材の入った買い物袋を揺らしながら歩く俺に、深夏がそう聞いてくる。


「疲れた……」

「ちょっと歩いただけでヘバったの? 体力付けなよ。情けないよ?」

「着せ替え人形にされて疲れたんだけど」

「人の服選ぶのって意外と楽しいんだねー。思ってたより夢中になっちゃった」

「途中から完全に俺で遊んでたよな?」

「いやいや、ずっと真剣に選んでましたヨ?」

「お兄さん怒んないから。ほら、正直に言ってみ? な?」

「実はめっちゃ遊んでました。許してちょんまげ」

「人のセンスどうこう言えねえなそれ……」


 深夏の顔でちょんまげとか言われるとミスマッチ感がヤバすぎる。


「それで、実際のとこ感想はどうなのよ?」

「そうだなあ……」


 正直、これまでは服にそれほど興味を持たずに過ごしてきた。買う時も基本的に通販だったし、サイズと値段と機能性ぐらいしか気にしたことがなかった。


 だが、実際に店に足を運んでみれば、その種類の豊富さに舌を巻く。世の中にはこんなにも色んな服があったのかと驚かされたし、なによりも……。


「値段が高いなって思った」

「気にしたのそこかい」

「や、だって俺が普段買ってる服の十倍ぐらいするぞ?」


 なんでペラい生地のシャツが一枚で2万円とかするんですかね? セレクトショップ怖い。ヤバい。


 俺のそんな感想を聞いて、深夏は「はぁ~」とため息を漏らした。

 それからゴミを見る目を俺に向けると、ボソッと小さく吐き捨てる。


「隆文、感性死んでる」

「酷い言い草な?」

「仕方ないから、キャラに着せる服考える時は今度からあたしも手伝ってあげるよ」


 呆れたようにそう言いながら、深夏はドンっと肩をぶつけてきた。やめろ買い物袋の中身が崩れる。


「……その時は頼りにさせてもらうよ」


 それよりも、と言葉を継ぐ。


「深夏はどうだったんだ? 楽しめたのか?」

「そうだなぁ……」


 着けていたマスクを下にずらし、口元を露出させながら深夏はニヒヒっと笑ってみせる。


「次はあたしが服選ぶのに付き合ってよ♪」


 次は、ねえ……。

 また行きたいなら素直にそう言えっての。

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