第3話 幼馴染と登校

 明けて、翌日。

 合鍵で勝手に家の中まで侵入してきた深夏に叩き起こされ、味噌汁と焼き魚と白米の簡単な朝食(これまた深夏が作った)を手早く胃袋に流し込み、家を出る。


 俺たちの通う高校は、俺のマンションから歩いて十五分程度の場所にある。

 その道を、途中までは深夏と一緒に歩いて通うのが俺と深夏のいつもの朝だ。


 だが、並んで歩くのは三つ目の交差点を曲がるところまでだ。

 その辺りからは学校も近くなり、同じ高校に通う生徒の数が増えてくる。それに伴い、俺と深夏は互いに距離を取り始めるのである。


 それは、俺たちが幼馴染であることを学校では隠しているから……だからではない。


「水樹さん、おはよう~!」

「おはよっ、水樹さん!」

「深夏~、おは~!」


 今日も寄ってくるわくるわ。まるで砂糖に群がるアリの如く、深夏が他の生徒たちに囲まれていく。深夏の姿はすぐに黒い学生服の集団に飲み込まれ、遠目にはほとんど見えなくなってしまった。


 俺と深夏が学校の近くでこうして距離を取るのは、この事態を想定してのことである。深夏に巻き込まれて俺まであの集団の真ん中でもみくちゃにされて以来、他の生徒がいる場所ではなるべく接触を控えるようになったのだ。


 今日も深夏は、あの黒くうごめく塊の中心で、律儀に挨拶を返しているのだろう。

 人気者というのも大変なものである。


「まあ、俺には関係ねぇけど」


 胸の内で深夏に向かって合掌し、俺は黒い集団を追い越して学校へと向かった。


  ***


 放課後を迎える。

 スマホが震えて、LIENリアンの着信を告げた。


 みなつ:放課後、裏門で合流ね


 メッセージの内容を確認した俺は、顔を上げて教室の後ろ側へと視線を向ける。

 視線の先にいるのは深夏だ。彼女と俺のクラスは同じだ。小学生の時に初めて一緒のクラスになって以来、今日までその縁がしぶとく続いている。


 しかし、中学のある出来事をきっかけに、彼女の方から教室の……いや、学校の中で俺に話しかけてくることはなくなった。

 俺はそれを、然程不満に感じたことはない。どうせ学校の外では、むしろ一緒にいる時間の方が長いのだ。


 俺の眺めている先で、深夏はクラスメイトと落ち着きのある笑顔で言葉を交わしていた。大和なでしこ然とした振る舞いがいかにも美少女である。今日も今日とて、分厚い猫を被っている様子であった。


「え~、今日こそは水樹さんもって思ったのに~」

「ごめんね? 今日もどうしても外せない家の用事があって……」

「そっか、それなら仕方ないよね……。でもまた誘っていい?」

「もちろんだよ。私も、忙しくない時なら仲間に加えてほしいな?」


 ……私、ねえ。

 俺の前で使っているものとは異なる一人称に、思わずジト目になってしまう。


 すると、クラスメイトと会話している最中の深夏と一瞬だけ視線が交錯した。


 さりげなく深夏がスカートのポケットへと手を伸ばす。

 数秒後、再び俺のスマホが着信を告げた。


 みなつ:こっちみんなヴォケー(# ゚Д゚)


 ……顔文字のセンス古くね?

 あと今、完全に画面見ないで文字打ってなかった? 打ってたよね?


 TAKA:そっちこそ、早く来いよ


 結局、深夏のセンスには触れずに、そう打ち込んでLIENを送った。


  ***


 裏門付近の校舎裏は人気が少ない。

 自転車通学の生徒は正門側にしか駐輪場がないし、駅を利用する生徒も正門から出た方が駅まで近くなる。


 そうなると、裏門を利用する生徒は、徒歩で通学する生徒に限られることになるのだが……裏門から通りへと出るためには割とガチ目な山道を通過しないといけないため、結果として限られた人間しか裏門を利用しなくなっていた。


 その、数少ない、限られた人間のうちの二人が俺と深夏である。


「あ、ごめーん隆文。待ったー?」

「待った」

「もっと待たせとけばよかった」

「おい」

「ジョーダンだよ」


 ケラケラ笑って、深夏がぐーで肩の辺りを叩いてくる。

 クラスでの楚々とした振る舞いがまるで嘘みたいな気安さだった。


「さっき誘われてたのはなんだったんだ?」

「ん? あー、別に。カラオケ行ってファミレス行って~、みたいな。まあ要するに遊びの誘い」

「いいのか? たまには行かなくて」


 俺の言葉に、「うっ」と深夏が表情を歪めた。


「……できれば行きたくないかなぁ。学校以外で人に気ぃ使いたくない」

「深夏のそういうとこ、相変わらずだな」

「っさいなぁもう。あーあ、あたしも隆文みたいな平凡顔だったらもっと楽だったかなあ」

「かもなぁ」


 深夏はこれで案外人見知りが激しいタイプだ。

 しかし、生来の顔の良さ、容姿の端麗さから、人を惹きつけずにはいられないのもまた事実。


 その結果、必要に迫られて身に着けた外面が教室での深夏の姿である。


「……ま、悩んだところであたしが可愛すぎんのは変わらない事実なんだよね。仕方ないか」

「事実とはいえ、自分を可愛すぎるとか言えちゃう神経は見事だと思う」

「ありがと♪」

「皮肉なんだよなあ」

「それも知ってる。ってか、ほら、さっさとデート行くよ」

「家の外せない用事とやらはいいのか?」


 教室で深夏が口にしていた断り文句を蒸し返してみると、彼女はあっさりと言った。


「隆文も家族みたいなもんじゃん」

「……さよか」

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