第6話 絶対的な友

長かった1日が終わり、翌朝を迎えた。今日は昨日に比べて気温は暖かくなり、耳当てをしなくても大丈夫だった。


「明人、おっはよ!」

後ろからこう声をかけられ振り返ると、僕の絶対的な友がいた。昨日聞けなかっただけなのに、凛々の「おはよう」がなんだかすごく懐かしく感じた。それに耳当てをしてなくて良かった。凛々の声がちゃんと聞こえる。


「おはよ、なんか久しぶりだね」

「昨日会わなかっただけなのに大袈裟おおげさだよ!それにいつもより元気なくない?凛々のお熱がうつっちゃったかな?会ってないのに」

凛々が冗談混じりにこう言ってくると、僕はいつもの元気な凛々が帰って来たと思って少しホッとした。

その一方で、僕は元気がないことを見抜かれた。凛々は小さい頃から一緒にいる分、僕のちょっとした変化でも気づいてしまう。まるで家族のように。昨日は家に帰って母に会った瞬間に、母は「なんかだいぶ疲れてるようだけど、大丈夫?」と言ってきた。自分では元気がないとことか、疲れているところだとか、そういうのは外に出してないつもりだ。だけど僕は隠すのが下手なようだ。特に長く一緒にいる人に対しては。


「いやうつるわけないじゃん。ただ、まぁ…」

僕は逡巡しゅんじゅんした。昨日のことを伝えるべきなのかどうかについて。

確かに昨日は確実に凛々の助けを求めていた。凛々がいてくれたら、僕はこの苦しみを味わうことがなかったかもしれない、そう何度も思った。でもいざ伝えるチャンスが来ると、迷惑がかかってしまうと思い、伝えるのをためらってしまう。

「ただ、まぁってなによ、はっきり言いなよ、なんかあったんでしょ?」

本当に鋭い子だ。凛々なら迷惑だなんて思わないかと思い、伝えようと決心した時、「りりちゃーん!」という何人かの女子の声が、ドタドタした足音と共に聞こえてきた。


「おー!びっくりしたぁ!朝から元気ありすぎだよー」

「凛々ちゃんもう大丈夫なん?熱は下がった?」

「そうだよ、いつも元気な凛々ちゃんが欠席だなんてびっくりしちゃった」

「ほんと!昨日は凛々ちゃんがいなかったから寂しかったよ」

「3人共心配ありがとね、でも全然大丈夫だから!」

「うん!じゃあ今日は一緒に行こ!」

「あっ、いいよ!明人ごめんね、また後で聞くから!」

「うん、いいよ、僕のことは気にしなくて」

「早く凛々ちゃん行こ!」

昨日の事件のせいか、3人はまるで僕から凛々を遠ざけるようにして連れ去り、学校に向かって行った。



学校に着くと、この日は池に行かないようにした。今日は少し暖かいから氷なんてはっていないだろう。だから行く必要もない。とひとりでに理由をつけているが、本心はただ昨日のことを思い出したくないだけなのだ。

僕は依然として、同学年及び第4学年から犯人だと思われてる。「犯人は必ず現場に戻る」なんてどっかの刑事ドラマで言ってたけど、僕は犯人じゃないから戻らない。そう決心して、僕は池の横を知らん顔で通り過ぎようとした。

だけど今日は今日でまた誰かが揉めている。女の子の声だろうか、けたたましい声が聞こえてくる。


「嘘つかないでよ!明人がそんなことするわけないじゃん!!」

凛々の声だ。おそらく一緒に登校した友達3人から昨日あったことを聞かされたのだろう。実際の現場で。

「凛々ちゃん、ほんとなんだって!みんなそう言ってるの!林くんが4年生を押して池に落としたんだって」

僕の名前が挙げられていたから、このまま素通りするわけにはいかなかった。それに僕は真実を主張し続けてみんなの誤解を解きたいのだ。そう思うと僕はついさっきした決心を撤回し、犯人ではないが現場に戻ることにした。


「凛々、ちょっと声大きすぎるよ」

「あっ、明人。ねぇ、嘘でしょ?明人が人を池に突き落とすなんてことしないよね?」

「うん、もちろん僕はしてないよ。みんな誤解してるんだ」

「ほら!明人がこう言ってるじゃん!それでもみんなは明人を疑うわけ?」

「だってみんな林くんがやったって言ってるから…」

「言ってるからって何よ!じゃあ実際に見た人は?3人の中で明人が実際に突き落としたの見たのはいるの?」

強い。やっぱり凛々はすごい。女子3人はうつむいてじっと黙っていた。

「ほら!見てないんじゃん!それなのに明人が犯人だって決めつけてるのはひどいよ!」

「で、でもね、凛々ちゃん。4年生の中には見たって言ってる人がいるし…」

「でも3人は見たわけではないんでしょ?そんな言葉信じちゃうの⁉︎」

「……まぁ、そうだけど…」

「凛々は明人を信じるから!明人はそういうことをやる人じゃないもん!」

僕の絶対的な友はやはり僕の味方だった。「明人を信じるから」この言葉を昨日聞くことができたらどんなに良かっただろうか。この言葉ひとつで僕の孤独感は解消される。自信を持って負けずに戦おうとすることができる。事件が起こってから耳にしてきた言葉は「あなたがしたんでしょ?」「認めなよ」ばかりであったが、僕が聞きたかったのは「信じる」という言葉だ。それを凛々はしっかりと口に出してくれた。それが僕にとっては何よりも嬉しかった。


「明人!なにボーッとしてんの!行くよ!」

「え?行くってどこに?」

「決まってるでしょ、疑いを晴らしにだよ!その落とされたっていう4年生のところに行って、明人は犯人じゃないってことを認めさせるの!」

「で、でもだいぶ手強てごわいよ?昨日だって散々言われてさ。負けたくないけど、正直勝てる気はあんましないんだ」

「今日は凛々が一緒だから大丈夫!明人は他人ひとを池に突き落とすような人じゃないってはっきり言ってあげるから!」

僕は嬉しくて涙が出そうだった。こんな子が僕の友で良かったと心の底から思った。

「凛々」

「なに?」

「ほんとにありがとう」

「まだ早いよ、ちゃんと疑いが晴れてから言ってよね」

「うん、わかった」

そう言って僕は深く深呼吸をして、拳をぎゅっと握りしめた。この勝負は一歩でも引いた方が負けだ。僕にはまだ勝機が残っているのだから、真実を主張し続けて相手を納得させる。

僕のことを信じてくれている凛々のためにも絶対に負けるわけにはいかないんだ。

そう固く決意して、僕と凛々は校舎内に向かって行った。

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