第4話 冤罪事件

その出来事とは、簡単に言えば、いじめだ(これをいじめと言えるのかよく分からないが、とにかく多くの人からシカトされていた)。被害者は僕。正直これは冤罪だ。

別に普段から人とよく関わる方ではないし、学校の中でも静かなタイプの人間、いわゆる陰キャだから、学校の人と話せないことはそこまで苦痛ではなかった。

だけどグループワークの時や、話しかけた時に無視されるのは正直辛かった。僕は何もしていないのに。



僕達の学校内にあるちょっとした池でこの冤罪事件は起きた。

この池は毎年冬になると凍ってしまい、薄い一層のスケートリンクみたいになるのだ。小学生である僕らは、朝登校するとすぐにその池の周りに集まり、小石を投げて氷にヒビを入れたり、少し大きめの石を投げ入れて氷を割ったり、地べたに座りながら足を表面に乗っけたりするのだった。完全に乗ってしまうと氷が割れて自分が濡れてしまうので、割れないように足を軽く乗せるのが凍った池を楽しむコツだった。

僕は石を投げたり、足を乗っけたりするタイプの人間ではないので、他の子がやっているのを観察するだけだった。

誰かが少し調子に乗って大きめの石を投入すると、「おい、バカ!デカすぎだよ!」なんて周りからブーイングされたりしていたけど、それでもみんなの笑い声と笑顔は絶えなかったし、何より大きめの石がたてる水しぶきは少し見応えがあった。だから見るだけでも十分楽しめた。



ある日の朝、僕は登校して、いつも通り池に向かった。この日の朝は普段より寒く、耳当てをしてないと耳がちぎれそうなくらい寒かった。

普段は元気な凛々も、この日は体調を崩して学校を欠席していた。だからこの日は一人で学校に行かなくてはならなかった。こういう日に限って嫌なことが起きるとは、いったい誰が予想できただろうか。


「今日は一段と厚い氷ができてるかな」

寒いのは嫌だが、普段より寒いことで分厚い氷が出来上がっているのではないかと考えるとワクワクした。そんな思いが僕を駆り立て、少し走らせた。池に近づくにつれて、みんなの楽しそうな声が聞こえてくる。


「ちょっとみんなどいててー!いくぞー!オラッ!」

–ガボーンッ–

「おまえそれはデカすぎだって!(笑)」

「今日みたいに分厚い時はこんくらいじゃないとね」

「てかこれくらい分厚いかったら、一瞬立てるんじゃね?」

「やってみっか?」

「いや、怖いからやめとこうぜ」

「じゃあちょっと強めにかかと落とししてみるか!」

「おぉ!やれやれぇー!」

–カシャーンッ–

「やっべ!靴濡れた!」

–あはははは–


みんなはいつもと同じように、ただふざけあって、氷で遊ぶのをひたすらに楽しんでいた。


「今日もみんな集まってるなぁ」

そう思いながら僕はいつもの定位置に立つ。池から1メートルくらい離れたところに木がある。ここが僕の定位置で、いつもここからみんなの楽しむ姿を見ている。


ここまでは何ひとつ普段と変わらない。凛々が学校を休んだこと以外、いつもと同じ朝の時間だった。


しかしいつもと同じ時間は突如幕を下ろした。僕の目の前にいた子(少年Aとしよう)が池に落ちたのだ。落ちたといっても、この池は水深1メートルもない。だからたとえカナヅチでも溺れることはない。

だけど落ちないように遊ぶのがこの池での遊びの醍醐味だったのに、少年Aは落ちたのだ。その場は案の定しらけた。バラエティ番組でアイドルが不意にモノマネをやらされて、全くウケなかった時くらいしらけたが、自分で足を滑らせて落ちたのならしょうがない。自己責任だ。

しかし少年Aは突然大声をあげた。


「ふざけんなよ!お前だろ!押したの!」

彼は指差しをしていた。自分のことを押して池に落とした容疑者に向けて。

え?僕に向かって言ってる?僕は脳内の処理が追いつかなかった。僕はキョロキョロ周りを見回した。彼の指がどこに向いているかちゃんと確認したかったからだ。

だけど周りの子達は半歩ずつ僕から遠ざかっていく。その遠ざかり方は、まるで僕が犯人であると決めつけているようだった。


でも僕はやってない。そもそも距離を考えてみろ。僕の定位置の木は、少年Aが落ちた事件現場から1メートルくらい離れている。だから身長137センチメートルの小学5年生の腕が届くわけないだろ。届いたとしても力が全然入らないだろ。そう考えていると、僕は自然と反論していた。


「違うよ!僕じゃないよ!」

しかし、僕の反論に被せるようにすかさず少年Aが言い返してきた。

「じゃあ他に誰が押したんだ!俺の後ろにいたのはお前だろ!」

「いたけど違うもん!君のこと知らないし、なんの恨みもないのに押すもんか!」

「うるさい!俺は押されたんだ!」

「ぅ……」

強い。僕の主張が全く通らない。この少年は僕を絶対に犯人に仕立て上げようとしている。

この時凛々がいてくれたら何て言ってくれただろうか。どう反論しただろうか。言葉巧みに相手を打ち負かせることができただろうか。彼女を僕の弁護人として立てたい。圧倒的な孤独感に僕は押し潰されていた。

しかし僕の孤独感は、騒ぎを聞きつけた3人の先生が事件現場にやってきたことで少し和らいだ。


「どうしたの⁉︎大声出して何やってるの⁉︎」

一人の女の先生が、池の中で突っ立っている少年Aに視線を向けながら、怒っているのか、ただ状況を把握したいだけなのか、どっちとも取れるくらいの声量で尋ねてきた。

現状、僕に味方はいない。だから先生にちゃんと説明して、僕の味方になってもらおう。先生なら僕の主張だって聞いてくれるはずだ。そう思い、先生達に僕の主張をぶつけようとした途端、さっきとは別の女の先生がヒステリックに声を上げた。


「ちょっ高田くんじゃない!どうしたの!なんで池に入ってるの⁉︎」

少年Aは高田というのか。新たに入ってきた些細な情報に僕の行動が妨げられそうになったが、僕はなんとか言葉を発することができた。


「あの、先生、実はで…」

しかし僕が主張を始めかけた時、高田がさっき2人で言い合った時よりも早く割り込んできて、僕の言葉をかき消し、自らの主張を始めた。

「小野先生!聞いてよ!俺押されたんだ!」

「誰に押されたの⁉︎」

「あいつだ!」

まただ。僕を犯人と決めつけた指差し。

というか待てよ、小野先生と高田のやり取りが異常に親密ではないか。もしかしすると、もしかするかもしれない。

「先生のクラスの子ですか?池の中のあの子は」

最後の一人であった男の先生が小野先生にこう尋ねると、

「えぇ高田たかだ智紀ともきくんです。あんなに濡れちゃって、かわいそうに…。高田くん!風邪ひいちゃうから早く池から出な!」


恐れていたことが現実になった。小野先生は高田の担任だ。小野先生の口調や表情からして、高田の奴はだいぶ可愛がられているのだろう。

これで僕の味方になる可能性がある人は、本当に誰一人としていなくなった。

無理だ。もう僕に勝ち目はない。そう思うと怖くなって僕はその場から逃げ出してしまった。

逃げ出すべきじゃなかった。僕の主張を最後まで伝えるべきだった。走り去ってから数秒後、これらの考えが頭をよぎったが、もう後の祭りだ。逃げ出した時点で自分が犯人だと認めているようなものだ。

こうなったら仕方がない。僕に残された選択肢はただ一つ。僕の担任、大長だいちょう先生に頼るしかない。この人ならきっと助けてくれる、味方になってくれる。そう信じて、僕は自分の教室に走って向かった。



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