第3話 楽しい小学校生活
僕と凛々は小学校に上がり、1年生の時のクラスは同じであった。林明人と松木凛々。は行とま行で名字が近く、偶然にも僕達のクラスには「福田」などがいなかったため、最初の席順は僕の後ろに凛々がいた。なんだかそれだけでも、僕にとって学校が居心地のいいものになっていた。
「明人、帰ろ!」
帰りの会が終わると、凛々はよく、このように元気な声で僕に言ってきた。
「うん、ちょっと待って。この本がランドセルにうまく入んないんだ」
「もぅ、またやってんの?他のをきちんと入れれば入るよ!まったく、またランドセルの中ぐっちゃんこじゃん」
凛々と僕のこんなやりとりは、下校時によくあった。
片付けとか整理整頓が苦手な僕は、教科書をタテ向きで入れるか、ヨコ向きで入れるかなど全く考えず、ただテキトーにランドセルに詰め込んでいた。入れる順番も当然考えないから、家に帰ってランドセルを開けると、中でクリアファイルが巻き寿司のように丸まっていることが何回かあった。
一方凛々は、相変わらずしっかりしていて、片付けや整理整頓はお手のものであった。たぶん、普段から実家の店の品出しを手伝ったりしているからなのだろう。当然ながらどの店も、店の商品をどう並べ、どのようにお客さんの目に映るかは、ちゃんと計算しているに違いない。凛々の家だって同じだ。ラベルの向きだとか、この棚には何本並べるだとか、そういった事は細かく決められているのだろう。だから凛々は片付けや整理整頓が上手なのかもしれない。そうやって僕は勝手に決め込んでいた。
「ほら、どいて、凛々がやるから」
そう言って凛々はランドセルを自分の机の上に置き、腕まくりをしてから僕のランドセルの中を整理する。凛々がやってくれる時は、帰宅後にクリアファイルが巻き寿司のようになっていることは決して無かった。
凛々は僕のランドセルを開けると、まず中身を全部出し、それから向きと順番を考えて教科書などを入れていった。その手際はまるで家族旅行の前日に、母親がキャリーバッグの中身を全部出して、一からやり直す作業とさして変わらなかった。
「はい、おーわりっ」
「…やっぱすごいね、凛々は」
「まぁね〜、給食着はランドセルに入れないで手で持って帰ってね」
「はい」
母と息子のやり取りのようではあったが、こんな学校生活が僕は好きだった。
1年生の頃のある日、凛々が「アキト」という少年を好いているという噂が教室内でたった。自分がアキトであるのになぜこんなような言い方をしているかというと、このクラスにはもう一人「アキト」がいたからだ。
おそらくこう思っていたのは僕だけではなかったはずだ。そもそも「アキト」の専売特許は橘のやつに取られていた。誰かが「アキト」と呼べば、それは橘照斗を指していた。僕の方は「アキ」が多く、「アキト」とは(ただ一人を除いて)呼ばれない。「アキト」かぶりを避けて、「ハヤシ」と呼んでくる子も少なくなかった。
入学前から凛々のことを知っていた分少し悔しい気持ちはあったが、僕と凛々はあくまで友達。この関係に好意は生じないと思っていた。なのにまさかあんなに大々的に教室内で宣言するなんて…。
「やっぱアキトくんってかっこいいよねー」
「サッカーも上手だし、テストの点もいいしね!」
「ね!凛々は?アキトくんのことどう思う?」
「凛々も好きだよ、アキトのこと」
「やっぱほとんどの女子が好きだよね!どういったとこが好きなの?サッカーが上手いとこ?勉強ができるとこ?それとも…」
「なにみんな勘違いしてんの?わたしが好きなのは橘照斗じゃなくて、林明人だから!」
–えーっ!!–
凛々が大々的に宣言したこの時ほどクラスが一つになったことはないのではないか。思わずそう思ってしまうほど、クラスの全員が同じトーンと同じ声を上げ、同じ驚き方をした。
異性の子から好意を抱かれて、異性の子から「好き」と言われて、ただ嫌な気持ちしか湧かない、そんな人はいないだろう。この時僕は素直に嬉しかった。まぁ、当然恥ずかしい気持ちもあったから、隣にいた男子に「おい今の聞いたかよ⁉︎」と言われたが、「いや、別に。なんの話?」なんてはぐらかしてしまっていた。
恋愛のことになると素直になりにくい。そういう僕の
でも良かった。橘じゃなくて。その日、ただ純粋にそう思う時間が流れた一日であった。
小学校低・中学年の時から学校に来るのは嫌とならないように、学校側には仲の良い子同士や同じ町内の子同士をなるべく同じクラスにしておこうという配慮があるのだろうか。僕と凛々は4年生まで同じクラスであった。
しかし、出席番号が前後になるということは、1年生の時以来(残念ながら)なかった。2年生の時には、「福田」がいたし、3年生の時には「半田」、「福島」がいたし、4年生の時はまた「福田」がいて、それに加え「細井」と「細野」がいたから、僕と凛々の間には必ず誰かがいた。
それでも席替えがあれば凛々の近くになったりすることがあったし、同じクラスなのだから当然言葉はかわす。学校にいる時間だけでも、かなりの時間凛々とは話していた。
やっぱり彼女の存在は、僕にとって学校を居心地の良いものにさせてくれていた。
しかし学校が居心地の悪いものになってしまうある出来事が起きた。
5年生の頃、初めて凛々と別のクラスになった学年で、その出来事は起きた。
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