第2話 幼馴染と初めての出会い

–ピンポーンッ−


僕が幼稚園年長さんの頃の夏、土曜の昼下がりに、突如インターホンが家の中に鳴り響いた。

「こんな暑い日なのにご苦労なこったね」と父が言いながら立ち上がろうとすると、「いいよ、私がでてくるから」と母が引き止めた。

基本うちのインターホンが鳴るときは、あくどい訪問販売員が訪ねて来た時か、宅配物が届けられる時だけだった。何かをネットで注文した記憶がなかった父は、玄関を開けて、そこで待っているのが訪問販売員だと勝手に決め込んでいたのだろう。


しかし今回は違った。いつもの訪問販売員の「こんちゃー」という営業スマイル付きの挨拶が家の中に轟くかと思いきや、聞こえてきたのは「こんにちは」と張りはあるが優しさを十分に含んだ女性の声であった。

「こっ、こんにちは」

母も訪問販売員だと決め込んでいたのだろう。動揺が隠しきれてない声で返答した。

「すいません、びっくりさせちゃいましたよね。私たち先日この辺りに引っ越して来た松木と申します」

玄関から聞こえてきた「引っ越して来た」という聞き慣れないワードに、僕は父と目を合わした。

「あぁ、そうでしたか、てっきりいつもの訪問販売の人だと思っていました」

「どこにでもいますよね、ガツガツくる訪問販売の人って(笑)」

「前に住んでいたところにもそういう人はいらっしゃったんですか?」

「ええ、もちろん」

−あはははは–

出会って間もない人ともう既に井戸端会議が始まっていた。世の母親はみんな世間話が好きなのだろう。小さいながらにそう思っていると、玄関にいる母から、「パパー、アキー、ちょっとこっち来て挨拶しなぁー」と声がかかった。

「ほら行くぞ、アキ」

「う、うん」

読んでいた『ぐりとぐら』を閉じて脇に抱え、僕と父は玄関に向かった。

「紹介しますね、こっちが主人で、こっちが息子の明人です」と母が言った後、「どぅも」っと軽く会釈した父を真似て、僕も軽く頭を傾けた。

顔を上げると、そこには僕と同じくらいの年齢の女の子が立っていた。

「アキトっていうの?凛々もね、その本持ってるんだ」

これが僕と凛々が初めて会った時だった。

「うちの子、来年小学生で、明人くんと同じ学校になるんじゃないのかな」と凛々の母が言うと、「えっ⁉︎うちと同じじゃないですか!」と母が言い、「凛々ちゃんしっかりしてるからアキより歳上なのかと思ってました」と続けた。

男の子より女の子の方が成長は早いとよく言われている。しかしそれを差し引いても、母の言う通り、凛々は確かにしっかりしていた。僕と違って人見知りをあまりしないような子に見えたし、受け答えもしっかりできていた。

「こんなところで立ち話しててもあれですから、うちにあがっていきませんか?お父さんどうです?引越し祝いに一杯やりませんか?」

松木家がうちを訪れてから、もうかれこれ20~30分立ち話をしていた。経った時間のほとんどが母親同士の世間話であったので、やはり世の母親はみんな世間話が好きなのだろうと、小さいながらに確信していた。そこにきて、父からのこの一言はNICEとしか言いようがなかった。ずっと立ちっぱなしでいるのも、年長さんの僕は辟易していたし、語彙力の乏しい年長さんでは、大人達の会話の8割はよく分かっていなかった。凛々もそう感じているだろうと思い、顔を向けるが、彼女は終始ニコニコ笑顔を絶やさず、途中で話を振られても、やはり受け答えはしっかりできていた。

「おぉ、いいですね、それ。じゃあ僕、店からお酒持ってきますよ」

そうやって凛々の父はうちの玄関から離れると、

「店って、わざわざ買ってくるってことですか?」と母が不思議そうに尋ねた。すると凛々の母が「いえ、そうじゃないですよ。実はうち、商売やってて、酒屋を営んでるんです」と答えた。

「へぇ、そうなんですかぁ、じゃあこれから良い酒が呑めるってわけか」

「もう、パパ、呑めるって言ったってタダで呑めるわけじゃないんだからね」

「うちは意外と良いお酒は揃えてありますので、ぜひ今後とも永いお付き合いをよろしくお願いします」

「ええ、ぜひ!じゃあ凛々ちゃん、うちの明人と遊んでってね」と母が促すままに凛々は玄関を上がり、靴をしっかり揃えてから、僕と一緒にリビングに向かった。

凛々の父がお酒を持って帰ってきて、その夜は松木家と林家のちょっとしたパーティーが開かれた。

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