ご飯

「ニア、何処に行ってたの?」


老神紅姫が廊下を歩いていると、縁側で足をぶらぶらさせる鹿骨新愛を発見する。


「なう」


皿の上に載せられた山盛りのおにぎりを食べながら、鳴き声の様に声を発する。

老神紅姫は、鹿骨新愛が持っているおにぎりを見つけると、首を傾げた。


「あんた…駄目じゃない、こんなに大盛りのおにぎり」


もぐもぐとおにぎりを頬張る新愛の頬を摘まんで引っ張る。

おもちの様に伸びる新愛の頬だが、新愛は別段気にしている様子も無く、おにぎりを咀嚼していた。


「そんなに食べると、デブになるんだから」


呆れた様子で彼女が言うが、新愛は気にしている様子はない。


「んみゃ…なう」


おにぎりを一つ掴んで、新愛は老神の方に向けた。

一つくれる、と言うのだろうか、老神紅姫は首を左右に振って拒否をする。


「いらないわ、人が握ったおにぎりなんて、気色悪くて食べられない」


「なう」


仕方が無い、と、握り締めたおにぎりを自らの胃袋に収める事にした。

三十個程作られた、おにぎりを平らげると、鹿骨新愛は自らの掌に付着した米粒を舌先で舐め取る。


「(…――)」


老神紅姫は不思議そうな表情を浮かべている。

鹿骨新愛は間食は禁止されている、大食漢である為に、食べ過ぎると太ってしまうから、体重管理として食事は毎日決められた数しか食べられないのだ。


なのに、彼女に食事を渡す人間が要ると、一体どこの誰が、と考える。


「ニア、おにぎり誰に貰ったの?」


鹿骨新愛に誰からもらったか聞いてみると、新愛は首を左右に振って、皿を持ちながらその場から離れようとする。

猫の様にしなやかな動きをする彼女は、その思考も猫の様に気まぐれだ。

だから、彼女の質問に答える事なく何処かへ行こうとする彼女を、老神紅姫は窘める様な真似はしなかった。


「ふぅん…」


しかし、その皿を何処へ持っていくのか。老神紅姫は気になっている様子だった。

それからと言うもの、鹿骨新愛が何処から持って来たのか、おにぎりを食す様になっていた。


「なう」


小休憩時間になり、何時もの様にパシられる廻戸循の元へやって来る。


「うわ、鹿骨様…またですか?」


おにぎりを食いながら走っていた廻戸循は困惑の表情を浮かべる。

彼女が現れる様になってからと言うもの、おにぎりを皿毎持っていかれるので、余計に往復せねばならなくなっていた。


彼にとっては迷惑なものだった。何せ遅れると言う事は他の兵器者に突っかかれる事が多くなると言う事だからだ。


「ごちです、なう」


そんな事知らず、鹿骨新愛は皿を丸ごと持っていく。


後日の事である。

老神紅姫がいつものように廻戸に対してイビリを入れようとしていたところ、目の前を過る鹿骨新愛の姿があった。

また何処かへと行ってはおにぎりを調達しているのだろう。


「(一体誰が渡してるのかしら…)」


鹿骨新愛が一体どこからおにぎりを調達しているのか気になった老神は彼女の後を追いかける事にした。


彼女の歩法は訓練を受けるために気配を消す事が出来る。

如何に剣術を嗜み、気配に対して敏感な鹿骨新愛ですらも彼女の歩みに対して気づく事が出来ない。


通常時ならば 彼女の消極的な歩き方でさえも違和感を感じて振り返る事が出来るだろう。

しかし現状では彼女の頭の中にはおにぎりの事しか考えていない。

だからか後ろから追いかけている老神紅姫には気が付かなかった。


「(厨房に向かってるの?…料理人が渡してるのかしら?だとしたら、懲罰ものね)」


そう思った矢先に、鹿骨新愛の足取りは厨房から離れた方へと歩き出した。


「(厨房じゃない?)」


音を消す様な歩き方で、鹿骨新愛は周囲を見回しながら何かを探している。


「(一体何を探しているのかしら?)」


老神紅姫は鹿骨新愛の動きに注視した。

そして彼女がつま先立ちをしながら地面を蹴るように走り出す。

唐突の加速に彼女は対応が遅れてしまった。


「(速っ)」


脳裏に過るは鹿骨新愛との模擬戦闘の事だ。

彼女の足捌きは瞬きの合間に視界の端から端へと移動する程の速度だ。

まさに目に写らぬ程の俊敏さを持ち合わせている。


駆ける鹿骨新愛を追い掛けたその先には。


「またですか、鹿骨様」


うんざりとした表情を浮かべる廻戸循が、おにぎりを乗せた皿を持っていた。


「なう」


鹿骨新愛は、廻戸循の背中に飛び付いて首筋をすんすんと鼻を鳴らしながら匂う。


「ごはん、ごはん」


「駄目ですって…いや本当に、これを渡したら、俺が怒られるんで…」


拒否をする廻戸循に、彼女は彼の首筋に八重歯を突き立てた。


「かぷ…かぷっ」


皮膚を突き破りそうな程に強く噛まれるので、廻戸循は痛みを訴える。


「痛いですって…痛い…痛ッ!」


「ごはん、なう」


廻戸循の後ろから手を伸ばしておにぎりを掴もうとするが、廻戸循はその手から逃れる様に、おにぎりを持つ手を精一杯伸ばしていた。


「(…――)」


二人のやり取りを見ていた老神紅姫は、後ろから二人を追い越すと同時に、廻戸循の持つおにぎりを乗せた皿を引っ手繰る。


「あ、さ、老神様ッ!」


「ニア。食べ過ぎは駄目と言ってるじゃない、少しぽっちゃりしてきたわよ」


そう言うと新愛は自らのお腹を擦る。


「なう…」


不満そうな声を漏らしていた。

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